研究概要 |
植物の遺伝的多様性が食葉性昆虫群集に与える影響を明らかにするために,カシ類を寄主とする潜葉性小蛾類をおもな対象として調査し,次の結果を得た。1.日本産カシ類13種の分子系統樹を3個のDM領域に基づき作成し,クヌギ節-ウバメガシ節,コナラ節,アカガシ亜属の三つの系統があることを明らかにした。2.カシワのみを食樹とするキンモンホソガ属の新種1種を記載し,また,この種を含む4種からなる近縁種群の種分化は食樹選択と密接に関連していることを示した。3.キンモンホソガ属の密度は葉面積,比葉重,葉の硬さと負の相関があったが,ハマキホソガ属とモグリチビガ属の密度は正の相関にあった。キンモンホソガ属の死亡率はこれらの葉の形質とは無関係であった。4.カシワにおいて,葉のサイズと葉の微毛の密度が潜葉性昆虫による食害の程度に関係していた。しかし,どのような葉の形質が潜葉性昆虫の死亡率に関係しているかは不明であった。5.ミズナラの葉は被食を受けると,単位面積当たりの窒素量が増加するのに対し,カシワでは逆に減少した。しかし,両樹種ともに,被食を受けた葉と健全な葉では潜葉性小蛾類の密度に差はなかった。6.落葉性カシ類を食樹とする潜葉性小蛾類の寄生蜂群集の構造の類似性は,寄主の種構成,食樹の系統,地理的位地という要因のいずれか一つだけではうまく説明できなかった。7.クヌギの陽葉で飼育したヤママユ幼虫は陰葉を与えた幼虫よりも、湿重量では有意に軽かったが、蛹の乾重量では重く,(1)含水率の高い陰葉を摂食した幼虫は水分過剰の状態にあること,(2)窒素含有率の高い陽葉は陰葉より餌としての質が優れていること,が示唆された。以上の結果は,寄主樹木の種間・種内の遺伝的多様性のみならず,樹木個体内での葉の質の多様性も,食葉性昆虫の群集構造や密度,あるいは成長過程に大きく関与していることを示唆している。
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