研究概要 |
胃粘膜表面の疎水性を保ち,粘膜保護バリアーとして機能している.一方,ヘリコバクターピロリ(H.Pyori)は,胃炎や消化性潰瘍を惹起することやその再発に深く関与していることが認められている.胃粘膜においても上皮細胞はアポトーシス後に表面から脱落していく.正常な胃粘膜細胞においては細胞回転(増殖)とアポトーシスは協調性を保っているが,H.Pyori傷害胃粘膜において,この協調性が失われた時,粘膜は萎縮し,癌化した細胞が出現すると理解される.我々は,H.Pyori傷害胃粘膜におけるリン脂質疎水層のなかで除菌に成功した25例で除菌前後のPC(phosphatidylcholine)量を比較したところ,胃前庭部では除菌前3,48μg/mgから除菌後5.04μg/mgへと有意に増加した.胃体部でも除菌前3.87μg/mgから除菌後4.95μg/mgへと有意に増加した.H.Pyori陰性例20例のPC量は5.62μg/mgであった.PE(phosphatidlethanolamine)量も胃前庭部,胃体部双方で除菌療法後に有意な増加が認められた.一方,H.Pyori陽性十二指腸潰瘍患者のなかで除菌に成功した12例で除菌前後のPC量を比較したところ,胃前庭部では除菌前4.06μg/mgから除菌後5.68μg/mgへと有意に増加した.しかし胃体部においては除菌前後でのPC量の変化は認められなかった.この変化はPEでも同様であった.H.Pylori除菌にて減少していた消化性潰瘍患者の胃粘膜リン脂質濃度の正常化は,胃粘膜防御能の低下が除菌によって軽減される可能性を示すものである.一方,十二指腸潰瘍患者では,胃前庭部においてのみ,PC,PEの濃度が減少しており除菌療法後には正常コントロール群と同レベルまで回復した.胃潰瘍,十二指腸潰瘍発症過程における胃内の炎症や免疫反応の違いを反映するものと思われる.実験の一連の段階で胃粘膜細胞のアポトーシス量を測定したが有意な変化は無かった.発癌機序の解明にはより長い時間での観察が必要と思われた.
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