研究概要 |
アミロイドβ蛋白質(Aβ)は若年者の脳でも産生されている.正常では,産生されたAβが適切に除去されるために,脳へのアミロイド沈着が生じないと考えられる.アルツハイマー病患者剖検脳では,しばしば,Aβ顆粒を細胞体の中に含むグリア細胞が観察されるが,そのようなグリア細胞が脳でのAβ分解・代謝の一部を担っている可能性がある.そこで,本研究では,培養細胞およびラット脳を用いて細胞外Aβ濃度が上昇したときのミクログリア,アストロサイトの反応を明らかにし,脳へのAβ沈着の過程を産生と代謝のバランスという視点から考察した. ラット新生仔由来の一次培養ミクログリアは0.1〜1μMレベルのAβ濃度においても細胞外Aβを効率よく取り込み,一定濃度以上でAβは細胞内に顆粒状に蓄積するが,培養液からAβを除去すると徐々に細胞内Aβ顆粒は消失する.Aβ1-42はAβ1-40に比べモル比で100倍以上の差で蓄積しやすい.この取り込みはアストロサイトとの混合培養で抑制されず,また,両者の混合培養においてAβ蓄積は主としてミクログリアに生じた.同種(ラット)抗Aβ抗体や補体蛋白質の存在下でもミクログリアによるAβ取り込み〜蓄積は促進されることはなかった.また,既知のミクログリア細胞膜上Aβ結合蛋白質であるマクロファージ(Mφ)スカベンジャー受容体(MSR)ノックアウトマウスの大槽にヒトAβを注入した場合も,大脳の髄膜MφによるAβ取り込み〜細胞内蓄積は通常通り観察された.Aβのミクログリア細胞膜へ結合の一部はAβの部分シーケンス(13-16)HHQKを介するとされているが,大過剰のHHQKペプチドの存在下でも取り込み・蓄積が生じた.これらの実験結果は,ミクログリアによるAβ取り込みには複数の経路があり,それは貪食とは異なる取り込みの機構によることを示している. ヒト剖検脳において,主としてアストロサイトに顆粒状Aβ蓄積が認められる部位では,何らかの局所的な要因,特に神経細胞由来の因子などによる,ミクログリアのAβ取り込み経路の抑制が生じていることが示唆された.ミクログリアが本来はきわめて効率よく細胞外Aβを取り込むのにも関わらず,アルツハイマー病変の大部分で,ミクログリアへ顆粒状Aβ蓄積を伴わずに細胞外Aβ沈着が生じている,という点に,今後のAβ沈着機構解明の糸口があると考えられる.
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