研究概要 |
1,吉書の儀礼空間の復元の基礎的作業。東大寺における吉書儀礼関係の収集を行った。未刊行史料として平岡定海氏所蔵の『東大寺別当次第』の存在を確認し、その原本調査に赴いた。寺院吉書は、長官である別当などが就任した際に行う拝堂儀礼の一環として行う場合が主である。これは公家が新しいポストに就任した際に吉書を行うことと共通する。また返抄吉書においては、読み上げ行為が伴っていたことが、史料上確認された。2,武家の吉書について。鎌倉幕府は当初公家吉書同様に返抄吉書を使用したが、室町幕府はそれとは異なり三箇条吉書と御内書吉書を使用している。この違いは、両幕府の性格の違いを示すものであるが、その解明は今後の課題である。また幕府吉書において、注目すべきは改元の際に行う点であろう。これは鎌倉幕府の段階から認められる。管見の限りでは、改元時に吉書を行うのは天皇と将軍のみに限定される。国家制度上の将軍の卓越した地位を物語る事実である。3,近世における吉書の実態。これについては,十分に検討することができなかった。朝廷あるいは旧仏教系寺院においては、中世以来の形式で継続的に行われている。これは彼らのアイデンティティーの有り様から当然の事態であろう。武家については、薩摩藩島津家で確認されるものの、幕府においては行われた形跡がないようである。また従来の研究による限りは、村落においてもその形跡が認められない。類似の現象は「書き初め」である。中世の吉書と比較した場合、これは、優れて個人的な所為であって、政治性は皆無である。これは「書く」行為の社会史的意義の変化を考察する上で興味深い現象であろう。 *また本研究成果の一部は、2000年度歴史学研究会大会中世史部会報告(2000.5.28)において発表の予定である。
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