本研究では、家庭内介護と深い関係にある出生数に焦点をあてた。かつては、家族の中で行われてきた高齢者の介護などの生活保障が、長期的な核家族化と少子化の進展に伴い維持困難となり、公的な助けを必要とするに至っている。もちろん、子の数が増えれば家庭内で十分な介護が供給されるようになるとは限らないが、子の数の増加は、他の社会保険制度同様、公的介護保険制度の財政基盤の安定には少なくとも貢献するはずである。したがって、介護問題を考える上で、出生数に関する議論は重要な意味を持つ。本研究では、親と子が利他的な遺産によってリンクしているdynasty modelに、子のアクションとして所得を得るために努力(effort)を想定し、子の努力水準が親の効用水準にも直接影響を与えるケースを分析した。努力水準が親の効用水準にも直接影響を与える場合には、親にとっての最適な努力水準と子にとっての最適な努力水準が一致しない限り、親と子の間にコンフリクトが発生する。その結果、子の努力水準を操作する手段として遺産を用いるという戦略的動機を親が持つ可能性が生じる。従来の研究によれば、戦略的遺産動機仮説の下では、子の数は内点解をとらず、外生的な要因に基づく上限値に定まるとされているが、本研究では、子の所得に関する不確実性と親が子の努力水準を観察できないという情報の非対称性を考慮し、子の数が内点解をとる可能性があることを示した。これは、親は子の努力水準を観察できなければ、遺産を努力水準に条件付けることができないため、遺産ルールへのコミットメントによって子からすべての余剰を奪い取ることはできない。したがって、対称情報モデルに比べて、親にとって多くの子を持とうとするインセンティブが減少するためである。この結果は、戦略的遺産動機が必ずしも高い出生率と結びつくものではないことを意味する。
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