大員環骨格を鎖状分子の分子内環化により構築することは、基質の配座の自由度が大きく反応点同士が近づいた配座を取りにくいため、効率よく行うことが難しい。本研究では、人工膜中に基質となる鎖状分子を取り込ませれば、膜の低い流動性と密な環境の為に反応点同士が近づいた配座となり、分子内環化が促進されると考えた。即ち、長鎖アルキル基の両末端にケイ皮酸エステル部位を持ち、中央部にコハク酸部位を有する両親媒性化合物を、膜構成分子と共に水溶液中で分散させ反応基質を取り込んだ人工膜を調製し、続く光照射により分子内環化を行う計画を立てた。まず、膜中での光反応の挙動を調べるべく、基質を取り込んだ人工膜を調製し室温下光照射を行ったところ、人工膜中では、溶液中ではほとんど進行しない光二量化反応が容易に進行することが明らかとなった。生成物は多くの位置及び立体異性体の混合物であったが、主にδ、β、α体がほぼ同程度生成していた。ここでα体が多く生成したことから、分子間反応がかなりの割合で生成したと考えられた。これは、基質が十分に分散しない状態で膜中に取り込まれたことを示唆している。そこで高温で反応を行えば分離が解消され、分子間反応が制御されるものと考え、膜の相転移温度より高い90℃で光照射を行った。その結果、α体の生成が見事に抑えられ、δ体が選択性良く得られることがわかった。さらに、生じた二量体が分子間、分子内のいずれの反応によるものかを直接的に調べるため、ケイ皮酸エステルと同等の反応性を示す4-メトキシケイ皮酸エステルを有する基質との交差実験を行ったところ、高温では顕著に分子内反応の割合が増加することがわかった。また、基質の極性基をリン酸基に変えると、さらに分子内反応が進行し易くなることを見出した。これらの結果は、本研究の目的である膜中での鎖状分子の配座制御が実現可能であることを示しており、大変意義深い。
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