本研究は酵母Saccharomyces kluyveriの不飽和脂肪酸生合成経路及びその制御機構の解明を目的とし、多不飽和脂肪酸要求性株を相補する遺伝子のクローニング、Δ9デサチュラーゼ遺伝子(Sk-OLE1)及び脂肪酸生合成遺伝子(Sk-FAS1)のコードする酵素の基質特異性等の解析等を試みた。S.Kluyveriは、リノレン酸(18:3)を培地中に添加することで、その多不飽和脂肪酸生合成系が抑制されることが分かったことから、Differential Subtraction法を用いて、18:3を添加していないS.Kluyveriで多量に存在するmRNAを抽出し、cDNAライブラリーを作製した。このcDNAライブラリーから既知のΔ12デサチュラーゼで保存されている領域を基にしたプライマーに用いたPCRにより、3種類の増幅したDNA断片を分離した。これらを全て塩基配列決定に供したが、S.KluyveriのΔ12デサチュラーゼ遺伝子と推定されるDNA断片は得られていない。次に、クローニングした2つの遺伝子Sk-OLE1とSk-FAS1の基質特異性を解析するために、酵母S.cerevisiaeのSc-ole1-株及びSc-fas1-株を作製して、これらの株にSk-OLE1、Sk-FAS1遺伝子を各々導入し、得られた形質転換株の脂肪酸を分析した。その結果、S.KluyveriのΔ9デサチュラーゼはS.cerevisiaeのものに比べ、パルミチン酸(16:0)よりむしろステアリン酸(18:0)を基質とする傾向があることが分かった。一方、S.Kluyveriの脂肪酸合成酵素のβサブユニットはS.cerevisiaeのαサブユニットと複合体を形成し、機能することができることが分り、またS.cerevisiaeのものに比べ、パルミチン酸(16:0)をステアリン酸(18:0)よりも多く生合成する傾向があることが分かった。S.Kluyveriの生合成する脂肪酸には鎖長16と18が同程度含まれているので、予想外の結果となった。最後に、Sk-OLE1遺伝子の転写発現解析とそのプロモーター領域の構造解析を行った。S.Kluyveriを低温培養や不飽和脂肪酸を添加した培地での培養を行い、Sk-OLE1遺伝子の転写量を比較解析したところ、低温では転写量の減少が見られ、不飽和脂肪酸添加は転写量に影響しないことが分かった。
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