研究概要 |
近年増加の一途にある自動車運転中の電話利用時の交通事故は,運転者が会話に注意を奪われたことが原因とされる場合が多い.これまでにも,視覚課題への反応時間の測定などによって注意の客観的に測定する試みがなされているが,応用価値の高い生体信号解析に基づいた測定手法の確立には至っていない.このような背景のもとで,本研究では,ある視覚対象を凝視する際に生じる不随意の微小眼球運動(固視微動)を解析することにより,注意の集中度合いの定量的測定を試みた. 本研究では,被験者の注意を,1)注視位置に集中させた場合,2)注視位置の周辺に分散させた場合,3)周辺視野の特定の位置に注視を集中させた場合,の3つの状態にコントロールする実験課題を提案し,各実験課題のもとで得られた固視微動から,発生したすべてのマイクロサッカードを抽出し,その発生頻度,振幅,ピーク速度について実験課題間での比較を行なった.また,固視微動からマイクロサッカードを取り除いて連結したslow cumulative eye position curveを求め,FFTによる周波数解析を行うことにより,ドリフト成分の周波数解析を行った. 解析の結果,マイクロサッカードの発生頻度は,実験課題1)と実験課題3)ではほぼ等しく,実験課題2)ではこれらよりも有意に高くなることが示された.また,マイクロサッカードの振幅は,実験課題2)と実験課題3)でほぼ等しく,これらに比較して実験課題1)では有意に小さくなることが示された.すなわち,視野内の特定の位置に注意を集中することによりマイクロサッカードの発生が抑制され,このとき注視位置に注視を集中させることによりマイクロサッカードによる固視のブレも押さえられることが明らかとなった.さらに,一般に主系列と呼ばれているマイクロサッカードの速度・振幅特性を比較した結果,実験課題1)におけるマイクロサッカードのピーク速度は,他の2条件に比較して有意に大きいことが示された.一方,ドリフトと呼ばれる注視点が緩やかに揺れる眼球運動に対しては,FFTによる周波数解析では条件間の差を見いだすことができなかった.したがって,視覚的注意は,サッカードシステムにのみ選択的に影響を与えていることが示唆される. これらの結果は,注視システムがマイクロサッカードのトリガーをコントロールしていることや,マイクロサッカードの大きさや速度といったダイナミクスを修飾していることを示しており,また,ドリフト成分のように緩やかな固視の揺れには直接的に関与していないことを示唆している.これらの結果より,注視時に生じるマイクロサッカードを解析することにより,注意の状態をある程度予測することが可能であると思われる.
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