研究概要 |
本来,生理的にヒト体液内に存在するAb1-42が脳に蓄積し,ADを引き起こす機序を明らかにするため,以下の研究をおこなった. 1)Prion-Promoter bAPP751NL+Iマウスで血液Ab40は5,000〜20,000fmol/ml,Ab42は2,000〜8,000fmol/mlで,脳Ab40は16pmol/g,Ab42は8pmol/gであった.新しく確立したPrion-Promoter presenilin-1M146L,Prion-Promoter presenili n-1 C410Yでも血液Ab40は300fmol/mlから8000fmol/ml,Ab42は100から1000fmol/mlに上昇していたが,脳での上昇は軽度であった.APPswマウスでは,脳Ab40は1,656pmol/g,Ab42は250pmol/gであった. 2)正常ヒト血液Abの加齢に伴う変化は,若年者と高齢者で上昇していた.ヒト血液中の総Ab量は正常対照とアルツハイマー病患者で差はみられなかったが,リポタンパク非結合型Ab42は有意に上昇していた.日内・季節変動はなかった. 3)脳脊髄液Ab40,Ab42,Tauを測定し,アルツハイマー病(AD)の生物学的なマーカーを確立した.合計338例(AD患者が119例,正常対照73例,AD以外の痴呆疾患49例,その他の神経疾患97例)で検討した.TauはAD群で有意に上昇し,MMSE,FASTと相関した.Ab40は有意な差はなく,Ab42はAD群で有意に早期から低下していた.TauとAb ratio(Ab40/Ab42)の積(AD Index)を用いると,AD群で有意な上昇がみられた(p<0.01).診断感度は77%,特異性は79%であった.平均20ヶ月間経過を追うとに診断感度は97%に改善し,臨床的にも十分使用可能であった. 4)脳脊髄液Ab40,Ab42,Tau値に対するApoE4の影響を検討すると,ApoE4を有するADでは痴呆の進行が早く,脳脊髄液tau値がより上昇していた. 5)正常ヒト対照脳ではAbは微量であったが,26例のAD患者脳ではnmol/g程度のAb蓄積が確認され,老人斑優位例ではAb42,アミロイドアンギオパチー例ではAb40が増加していた.全身臓器のAbは微量であった.ヒト尿でAb40を同定した. 6)健常者で30歳を区切りに若年,中年,高年の3群に分け,血液リポ蛋白結合型・非結合型可溶性総Abを検討すると両者は60歳以降で増加し,この増加は主体はAb40であった.生理的な条件下では血漿中のAbは90%がリポ蛋白結合型,残り10%がリポ蛋白フリーな状態で存在していた.全血漿中に占めるリポ蛋白フリーなAb42では健常者では1.8%のところが,ADでは5.9%と3倍以上の有意な上昇を認めた.リポ蛋白フリーなtotal Ab量は健常老年者の1.2倍に対し,リポ蛋白フリーなAb42の場合は3.6倍と著明であった. 7)ダウン症侯群で脳内に老人斑が出現し始める30歳をcritical ageとし,30歳未満と30歳以上で分けた2群と健常対照群間ではリポ蛋白フリーAb40は約4倍,42では約2.5倍の増加が認められ,全血漿濃度の約2倍増加を有に上回った.この増加に一致して全血漿中に占めるリポ蛋白フリーAbの割合も30歳未満では21.8%、30歳以上でも16.1%と著明な上昇を認めた.この結果はダウン症侯群でも可溶性Abとリポ蛋白の相互作用のバランスの障害が確かに存在し,しかも脳内でcongo-red陽性のfibrillar depositの出現する以前から認められることから,リポ蛋白フリーAbはダウン症侯群で認められる早期AD脳病変出現に密接に関わるものとおもわれた.したがって,ADでは可溶性Abとリポ蛋白の相互作用バランス障害を生じ,リポ蛋白から過量のフリーAbがreleaseされている状態に至り,正常のリポ蛋白に追従したcatabolic pathwayが障害される病態と相まって,フリーAbは様々なchemical modificationを受ける中でconformation変化を起こし,アミロイド細線維形成に至ると考えられた.
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