研究概要 |
本年度得られた研究成果は大きく分けて以下の三つである.一つ目は,過冷却液体の動的不均一性における時空間階層性の発見である.従来,動的不均一性は構造緩和と関係する遅い緩和によって特徴付けられるという常識があった.実際は低周波の振動モード(構造緩和に比べ極めてはやい運動)と構造再配置運動(本来の構造緩和)とが混在していることを,本研究で新たに構築した理論的手法を計算機実験に適用することにより発見した.さらにこれらを分離することにより,動的不均一性に関する新たな性質が見出された.二つ目は過冷却液体における低周波振動モードと協同再配置運動の時空間相関関係に関してである.ここでの振動とは短い時間で特徴付けられるもので静的起源をもつ.一方,協同再配置運動は長時間のダイナミクスで特徴付けられる動的なものである.本研究ではこれらの間に時空間の相関があることを突き止めた.このことはガラスの遅いダイナミクスの起源に静的物理量が強く関係していることを示唆する.従来,ガラス転移は,動的物理量により特徴付けられるものであり,静的物理量との関連性は不明であった.その点において本結果はガラス転移と静的物理量が関係するという大きな知見を与えたものであると言える.三つ目が過冷却液体におけStokes Einstein (SE)則の破れの起源の解明である.本研究では,上記の理論的手法を用い,構造再配置運動のみに寄与した粒子に注目し粒子の平均二乗変位を求めたところ,本来時間無限大極限で特徴付けられる拡散定数が,きわめて短い時間スケールのデータから算出され,熱活性化過程的であることを見出した.一方,構造緩和時間は密度の2体相関関数の減衰は,系全体に及ぶ時間スケールであり長時間のデータが必要である.そのため特に過冷却液体では熱活性化過程を特徴づけるアレニウス則から大きく外れる.過冷却液体の重要問題にSE則の破れ(拡散係数×構造緩和時間が定数にならずに温度依存性をもつ)があるが,上記の通り,拡散係数と構造緩和時間は物理的に異なるため,SE則が破れることを説明した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は水和現象に関する研究を行う予定であったが,関連研究として行ってきた過冷却液体の動的不均一性に関する研究において,顕著な進展が得られたので後者の研究課題に専念した.当初の研究計画から実施内容は外れてしまったが,これらの結果は研究計画に記した水和現象(水の構造とダイナミクスの関係)と深く関係している.また本年度の実施内容は,すでに3報の海外学術誌に掲載済みである.したがって,結果として大いに研究進捗状況は良好であったと考えられる.
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