研究概要 |
IL-10-/-マウスの大腸粘膜上皮細胞におけるAID発現の役割について検討するために、AIDを欠損させたAID-/-マウスとIL-10-/-マウスを交配し、ダブルノックアウトマウス(IL-10-/-AID-/-マウス)を作成した。IL-10-/-AID-/-マウスにおける腸炎像及び大腸組織における各種のサイトカイン産生量はIL-10-AID+/+マウスとほぼ同等であり、AIDはIL-10-/-マウスの腸炎の発生や持続、炎症性サイトカイン産生には影響を及ぼさないものと考えられた。 続いて、IL-10-/-マウスの大腸上皮粘膜細胞で発現するAIDによって遺伝子変異が導入されるのかを明らかにするために、IL-10-/-AID+/+マウスとIL-10-/-AID-/-マウスの大腸上皮における遺伝子変異生成頻度について比較検討した。Colitis-associated cancer(CAC)の発生に関連すると考えられている遺伝子のうち、Apc,Ctnnb1,Krasの各遺伝子の変異生成頻度には明らかな差を認めなかったが、興味深いことにIL-10-/-AID+/+マウスの大腸上皮におけるp53遺伝子には2.17bases/104と高率に変異がみられたのに対し、IL-10-/-AID-/-マウスでは0.71bases/104と有意に変異頻度が低下していた。ヒトのCAC発生過程では、早期にp53遺伝子に高率に変異が生成され、その後の段階でAPC,KRAS遺伝子に異常が生じることが報告されている。今回の解析結果は従来のヒトの報告と一致しており、AIDがp53遺伝子に変異を導入することでCACの発生に関与する可能性が示唆された。 さらに、生後約50週齢のIL-10-/-AID+/+マウスおよびIL-10-/-AID-/-マウスにおける大腸癌の発生頻度について比較検討したところ、IL-10-/-AID+/+マウスでは22匹中6匹で盲腸に浸潤性の大腸癌が認められたのに対し、IL-10-/-AID-/-マウスの盲腸には癌の発生を認めなかった。この結果より、慢性的な炎症刺激によってAIDが発現することが大腸発癌過程において重要である可能性が示唆された。 今回我々は、AIDを欠損させることにより、慢性炎症からの腸発癌がp53遺伝子変異生成頻度の低下を伴って抑制されることを動物モデルを用いて初めて明らかにした。今後、AIDによる遺伝子変異生成機序がさらに解明され、AIDをターゲットとした分子標的治療が臨床の現場にも応用されることが強く期待される。
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