本研究の目的は、スケール表現の意味・機能を「コンテクスト依存性」と「次元性」の観点から考察することである。具体的には、以下の3つの個別課題に取り組んだ。(A)程度副詞:「ちょっと」には、量的な用法(例:「この竿はちょっと曲がっている」)と感情表出的用法(例:「ちょっとそれはできません」)がある。本課題では、これら2つの用法の共通点と相違点をPottsの「多次元的合成システム」を用いて形式的に明らかにした。(B)累加表現のスケール構造:程度副詞/計量表現につく「あと」と「もう」はどちらも累加の意味を表すが、両者はスケール性に関して異なる特性を持っている。たとえば、「太郎は{あと/もう}一杯ビールを飲むはずだ」という文には、「太郎は既にビールを一杯以上飲んでいる」という発話時以前についての前提があるが、「あと」を使った場合、「次の一杯が最後である」という終点に関する前提も現れる。本課題では、「もう」は「非終点指向的」な計量表現であるのに対して、「あと」は「終点指向的」な計量表現であるということを明らかにし、語用論レベルにおけるスケール構造の類型について考察した。(C)比較文の語用論的特性:「何よりも」は、意味論レベルでの比較(例:「健康は何よりも大切だ」)のみならず、談話レベルでの比較(例:「何よりも、太郎はやさしい」)も表わすことができる。本課題では、談話レベルで使われる「なによりも」は、「当該の発話はそれにとって代わりうるどの発話よりも注目度のスケール上で高い位置にある」という慣習的推意を生み出しているということを明らかにし、意味論レベルの比較と語用論レベルの比較をスケール構造の観点から統一的に説明した。今後は、談話レベルにおけるスケール性の役割をより明示的な形で説明すべく、話し手と聞き手のインタラクションや発話の流れ(move)・目的(goal)も視野に入れて、スケール表現の語用論的特性を考察していきたい。
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