研究概要 |
農薬に頼らない農業害虫ダニ類の防除を目指して,物理環境,特に,光および水蒸気に対する生物応答の調査,ならびにその調査のための環境調節システムの開発を中心に研究を進めた.まず,ダニ類のような微小生物を精確に追尾するシステムを用いて,ナミハダニの光応答を調査した結果,紫外線および可視光に対して,それぞれ明瞭な忌避および誘引反応を示すことがわかった.この結果は,光環境調節によるハダニ類の行動かく乱技術の開発に寄与する可能性がある.また,休眠に伴い可視光に対する誘引反応が消失することもわかった.この可塑的なスペクトル応答は,季節的に変化する生息地選択,すなわち休眠に伴う葉裏から暗所への移動に寄与している可能性があり,ハダニ類の季節適応機構に新たな仮説を提示することができた.次に,分流法(加湿空気および除湿空気の流量調節)を用いた水蒸気調節システムを開発し,生物的防除資材として利用されているカブリダニ類の長期貯蔵に適した湿湿度条件を探索した.その結果,低温高湿度の条件下では,無給餌でも長期間生存を維持できることがわかった(半数致死時間:8-11週間).また,貯蔵後の品質低下も見られなかったことから,空調管理のみという極めてシンプルな手法で,これら防除資材の長期貯蔵を実現できることが示された.最後に,野外の変動環境を実験室内に任意の時間差で再環する変動環境シミュレータ(環境計測・調節および通信装置が付帯した複数の閉鎖空間からなるシステム)を開発した.本シミュレータは,害虫発生予察系の強化,作物栽培現場の変動環境を加味した化学・生物農薬の影響評価,外来生物の環境適応による定着リスクの評価および将来的な気候変動に伴う害虫被害の予測等に利用できると考える。さらに,インターネットの利用より,遠隔地間における実験室内環境の同期が可能になり,新しい研究交流ツールとしても発展する可能性がある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ナミハダニの光応答の研究では,休眠に伴う可視光感受性消失の発見は他の動物でも報告はなく,スペクトル応答の変化が季節適応をサポートする薪たな仮説を提示できた.また,カブリダニ類の水蒸気応答の研究では,簡便な手法で長期貯蔵を実現できたことで,応用技術への展開の可能性が高まった.変動環境シミュレータに関しては,これを利用した共同研究も実施することになり,今後の成果が期待できる.他方,環境応答,特にナミハダニの眠り(睡眠と休眠)の分子メカニズムに関する研究は進展しなかった.
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今後の研究の推進方策 |
まず,ハダニ類の光応答の研究では,紫外線/可視光比調節によるハダニ類の忌避/誘引行動制御の可能性を検証する.そして,作物栽培現場にも導入可能な照明装置を作成し,光による物理的防除法を開発していきたい.カブリダニ類の長期貯蔵に関する研究では,生物農薬の出荷調整,品質維持および散布調整など,生産,輸送および消費それぞれの現場に対応した空調管理による貯蔵システムについて提案していきたい.眠りの分子メカニズムに関する研究では,ナミハダニのゲノム情報が2011年に公開されたので,今後はこの情報と遺伝子発現抑制制御技術(例えば,RNAiやTALENs)を駆使して,このブラックボックスを明らかにし,眠り調節に重要かつ本種特異的な遺伝子をターゲットにした殺ダニ剤開発に貢献したい.
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