前年度に続き、基礎作業として簡牘データベースの充実化を進めた。本年度は1973年出土の肩水金関漢簡の報告書が部分的ながら出版され、同時に電子テキストも公表されたため、それを基礎にして報告書の図版と照合しつつ、整理・読解を進めた。解読はなお中途段階だが、出土地である肩水金関の関所としての特徴を多く確認しえた。例えば戌卒の警邏記録や食糧・金銭出納の帳簿といった居延漢簡に典型的な文書は少なく、その一方、関所の出入記録やパスポート類が極めて多い。漢代の関所自体だけでなく、関所とその上級機関(都尉府・候官)との統属関係を解明する可能性を強く感じさせる。 これまでの研究成果をもとに『先秦時代の領域支配』(京都大学学術出版会、2011年6月)を公刊した。本書は「郡県制形成史」の観点からみるこれまでの先秦史研究を批判し、「領域支配」という一段上の概念から先秦史像を捉え直す。書き下ろしの「結論」においては、秦漢「郡県制」への展望を述べた。 2011年6月より8月まで、ドイツ・ミュンスター大学において共同客員研究員として訪問研究を行った。現地においては中国古代史をはじめ、広く欧州のシノロジーへの理解を深めることを目的とし、英語文献の収集と現地研究者との交流に努めた。またこの間、「戦国・秦代の県-県廷と「官」の関係をめぐる一考察-」(『史林』95-1)を執筆した。これは2011年度史学研究会例会での口頭発表に基づく。本稿は戦国末期~秦漢期の出土資料を用いて「県廷」と「官」(実務を担当する下位部局)との関係を論じ、県行政の一端を解明するものである。中心資料とした里耶秦簡は内地の行政機関からまとまって出土したはじめての文書簡であり、読解のためには漢代行政文書の知識を応用することが不可欠であるから、本稿は漢代辺境簡牘の読解を進めてきた成果の応用編とも言える。
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