本研究の目的は、現代インドの都市における「公共性」のあり方を明らかにすることである。平成23年度は長期の現地調査を行い、南アジア研究における人格論を援用して、ムンバイにおける公共性を検討した。調査開始当初は、現地の都市計画と食物を扱う移民商人の活動の関係性に焦点を当て、人格を構成する「物質コード」(物質と規範コード、行為者と行為を切り離せないものとして考える南アジアのエスノ・ソシオロジーの概念)の概念を検討するべく、食物の授受や流通についてのデータを収集することを目的としていた。現地で調査を進めるにしたがい、現代ムンバイにおいてミドルクラスの「市民」における社会運動が活発化しており、それらの運動がおもに食物を扱う移民商人、露天商の啓蒙と排斥という一見矛盾する活動に力を入れていることがわかった。物質コードの授受や公共空間の再構成に直接かかわり変更を加えようとするそれらの運動に焦点を当てることが本研究にとって重要と判断し、「市民活動」を看板に掲げるムンバイ市の住民団体や英字新聞、政治団体を主な調査対象とした。具体的には、タブロイド紙の主導する美化キャンペーン、ミドルクラスの住民団体による市民活動、「市民候補者」を選出しようとする選挙運動への参与観察と主要活動家への聞き取りを行った。 物質コードの概念は、ムンバイにおける「市民」や「市民社会」を分析概念としてのみではなく具体的でローカルなマテリアルとして捉えるために有効だと考えられる。そのうえで、本研究では、物質コードのやりとりに注目して現実生成の過程を観察することを試みた。具体的には、調査対象者の用語や行為、使用されるモノに焦点を当て、彼らによる「市民」の具現化と美学がどのような形で表されているのかを分析した。さらに、公共空間をめぐるミドルクラスの活動家と露天商らのコンフリクトに注目し、パーソンの重層性と空間的境界の変容を検討した。
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