研究概要 |
生体組織の誘電率が刺激電場の周波数に対して強い依存性を持っていること,すなわち誘電分散は古くから知られているが,神経科学分野では従来,脳組織の誘電率は小さく,無視して良いとされてきた.一方,Gabrielら(1996)は,10-100Hzの低周波領域における脳の灰白質の比誘電率は非常に高く107-108[・]となることを測定している.もしこの観測が正しいとすれば低周波領域においては脳組織を単なる抵抗とみなすことは適切ではない可能性がある. 本研究では,脳組織において低周波領域で比誘電率が非常に大きくなる現象は,神経突起が電気的に長いことによるゆっくりとした分極によって生じると考えた. 脳組織を単なる抵抗からなる細胞外媒質と受動的な神経突起ケーブルによってモデル化し(右図),組織の電気的な振る舞いを表す方程式を膜電位と細胞外電位についてそれぞれ立てた.得られた細胞外電位から1Hzから1MHzまでの交流の細胞外電場に対する組織全体での比誘電率の周波数変化を得た. 様々な長さの脳組織について組織全体の導電率[S/m](抵抗性成分)と比誘電率[・](容量性成分),抵抗性電流と容量性電流の比をそれぞれ計算した.その結果,神経突起が短い組織については,総ての周波数領域で比誘電率は小さくなり,容量性電流の比は低周波領域においてほぼ0となった.一方神経突起が長い組織においては,低周波領域における比誘電率は108オーダーと非常に大きな値を取り,脳組織の抵抗性電流に対する容量性電流の比は0.25となった.この結果はGabriel et al.の報告と矛盾しない.以上の結果から神経組織では,神経突起が長いことによって低周波領域において比誘電率が高くなっている可能性が示唆され,脳組織を単なる抵抗として取り扱うべきではない可能性が示唆された. 従来、脳組織の誘電率は無視して良いとされてきたが、本研究結果は脳組織の誘電率は無視すべきでなく、有意な寄与をしているということを示唆しており、今後の研究の足がかりとなる重要な研究である。
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