本研究の目的は、光誘起相転移を示す物質において、照射光を積極的に制御し、これまで固体中ではほとんど現れなかった非線形開放系特有の散逸構造を発現させることである。この研究では励起光の精密制御が重要であるため、音響光学素子と自作の負帰還回路を用いたレーザーの制御系を構築した。この系と仏LCCのBousseksou教授から頂いたスピンクロスオーバー錯体[Fe(ptz)_6](BF_4)_2を用いて、光誘起相起因の散逸構造の探索を行った。本年度は強度が時間・空間的に一定の照射光を用い、光誘起相の時空間ダイナミクスを顕微系で追った。これまで光誘起相のドメインの大きさは100nm程度以下と示唆されており、光誘起相の時空間ダイナミクスを実空間で追うことは困難であった。しかし、試料の表面の凹凸に非常に敏感なスペックル法を用いることで、光誘起相の「揺らぎ」を測定することに成功した。この結果、光誘起相の生成と熱緩和が競合している領域では、この揺らぎはランダムではなく、数秒程度の時間周期をもった「リズム型」の散逸構造を示すことがわかった。この時、吸収測定から見積もった光誘起相の全体に占める割合は定常状態に達していることから、光誘起相が量を保存しながら空間的に動いていることが示唆された。また時間周期は温度と相関関係にあることがわかった。このリズム現象は平均場を用いたこれまでの方程式からは導かれないため、新たな現象論的なモデルを構築した。 散逸構造では「拡散」が重要な役割を果たすため、これまで気体・液体系で多く報告されてきた。しかし本研究の様に固体中でも光誘起相や励起状態の「ドメイン」は拡散可能であるため、それら起因の散逸構造が発現できる可能性はある。本研究は散逸構造の研究の対象を多様化させる可能性があるという点で、意義があると考えられる。また非平衡開放系の物理は未解明な部分が多く、その理解への一助となるとも考えている。
|