研究概要 |
過去4年間にわたって日本人乳幼児の米語r-1の弁別能力がどのように変わるかを、conditioned eye fixation paradigmの手法を用いて調査し、次の結果を得た。1)年少グループ(生後6-8ヶ月)はRL、WYとも弁別できる。2)年長グループ(10-12ヶ月)はRLの弁別はできない。3)年長グループにはWYの弁別が可能なときもあり、不可能なときもある。このようなことが起こる原因の理論的枠組みを構築した。 乳幼児は互いに階層的な関係にある2つの音声処理機構を生得的に持っている(Kashiwagi.A.et al.1986;河野、1999)。そのうち下部構造をなす全体的音声処理機構は、音声をありのままに全体として瞬時に知覚するという性格があり、上部構造は1つ1つ時間をかけて音声刺激を分析するという性格がある(Kashiwagi.A.et al.1986,;Hibi,1983)。乳幼児はまず生後6〜8ヶ月頃まではこの下部構造ですべての言語の音素をありのままに認識する。ところが、10〜12ヶ月となると上部構造の分析的機構の働きで、日本語の音韻構造に沿って弁別素性が抽出され、その組み合わせのルールが作られるようになる。ひとたびそれが作られると、下部構造の弁別方式はそれによって規制され、以降下部構造はそのルールに従って音声弁別を行なうようになる。すなわち、母語を構成する音素以外は弁別できなくなるのである。しかし、なんらかの理由で上部構造が破壊され、その規制力を失うと、下部構造の全体的知覚方式は復活し、ふたたび非母語の音素弁別ができるようになる(河野、1999)。この理論の信憑性を証明するため、Jusczyk、Kuhlらの学説との擦り合わせを行なう一方で、左脳に損傷があるが右脳にはない言語障害者は、同年令の健常者よりr-1の識別が有意差を持ってよくできることを実証した。なお、年長グループはw-yの弁別が可能なときもあるが、不可能なときもあるという現象は、この2音を弁別する方法に上述のような全体的音声処理機構による場合と日本語の音韻構造に沿って行なわれる場合の2種類があり、この異質な弁別方法の過渡期の現象が表面化したものとして捉えることができる。
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