研究概要 |
本研究は、人類遺伝学の分野で提唱された「縄文人、アイヌは北東アジアの基層集団に帰属し、東南アジア集団とは無関係か」という仮説を形態学的に検討することである。 本年度は、前頭部・顔面の平坦度について世界の112集団を、縫合間骨に関する非計測的頭蓋形態小変異の5項目(Inca bone,ossicle at lambda,parietal notch bone,asterionic bone,occipito-mastoid wormian)について82集団を対象として比較検討した結果、アイヌの前頭部、顔面の平坦性は北東アジアを含む周辺諸集団とは著しく異なり、その特徴の一部はオーストラリア、南アジア、さらにはヨーロッパの諸集団の変異の中に入りうる。一方、今回扱った頭蓋の非計測的小変異については縄文人よりもむしろ北東アジア集団、特にアムール川流域の集団の変異の中で捉えることができそうである。これらの結果は、昨年度の研究結果と同様に、近世アイヌの成立において、北東アジア集団が何らかの影響を与えた可能性を示唆していよう。いづれにしろ、縄文時代から近世アイヌの成立期までには数千年の時代差があることは事実である。また、この間に北東アジア集団の形質的特徴を色濃く示すオホーツク文化期人の北海道への到来、和人の進出による、様々な外来文化とおそらくは遺伝子の波及があったことは容易に想像がつく。アイヌが縄文人の系統を色濃く受け継いでいることは様々な研究からほぼ確実と思われるが、本研究結果は、アイヌ=縄文人として扱うことにはある意味では注意を要することをも物語る。近世アイヌの成立過程で、彼らの遺伝的形質が縄文時代以降どのように変化していったのかをさらに追跡していかなければならない。
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