研究概要 |
タンパク質による分子認識の中でも,酵素による基質認識や抗体による抗原認識は,鍵と鍵穴の関係に例えられるように,厳密でシャープな基質スペクトルに特徴がある。一方近年,分子シャペロンによる基質認識やタンパク質のターゲティングシグナルの認識など,ブロードな基質スペクトルに特徴づけられる「あいまいな分子認識」の重要性が注目されている。本研究ではあいまいな認識の例として,ミトコンドリアタンパク質のプレシークエンスに書き込まれたミトコンドリアターゲティングシグナルを認識する受容体Tom20をとりあげた。Tom20の受容体ドメイン(△50Tom20)とプレシークエンスペプチド(pALDH(12-22))との複合体の立体構造をNMRで決定した。 △50Tom20は,5本のαヘリックスから成り,そのうち4本が疎水的コアを作る。プレシークエンスpALDH(12-22)は1-3番目のヘリックスがつくる疎水性の溝に結合している。結合したペプチドは水-脂質界面がないにもかかわらず両親媒性のヘリックス構造をとり,ヘリックスの片側に並んだ疎水性残基が△50Tom20上の疎水性の溝にはまりこんでいる。したがって,プレシークエンスのTom20への結合は主として疎水性相互作用によって担われていることがわかる。一方ヘリックスの反対側に並んだ親水性残基は溶媒に露出する形になる。水-脂質界面がないのにプレシークエンスに両親媒性ヘリックス構造が誘起されたことは,プレシークエンスの受容体への結合においては,プレシークエンスがいったんミトコンドリア外膜に結合してから受容体に移行する必要はないことが示された。また,プレシークエンスの変異体を用いた実験から,Tom20のプレシークエンス認識においては,両親媒性ヘリックスを形成したプレシークエンスの疎水性残基とTom20との間の疎水性相互作用が重要であり,静電的相互作用は重要でないことが明らかになった。
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