研究概要 |
我々は,ニューロン樹状突起の能動的特性とシナプスの棲み分けに基づいたモデルである階層型形式ニューロンを提案してきた.本研究では,階層型形式ニューロンにより,海馬CA3領域のシナプスの投射パターン,シナプス可塑性の性質に基づいた相互結合回路モデルを構築し,そのダイナミクスを計算機シミュレーションにより研究した. CA3領域の錐体ニューロンは歯状回顆粒細胞から出力される苔状線維によるシナプス入力を尖頭樹状突起の基部に,またCA3錐体ニューロンの出力線維の側枝(シェーファー側枝)が作る回帰性シナプスは,尖頭樹状突起の先端部に作られる.回帰性シナプスの可塑性がそれ自身の活動とシナプス後細胞(CA3錐体ニューロン)の活動の連合によって伝達効率が変化するHebb型であるのに対し,苔状線維シナプスはシナプス前ニューロンの活動のみに依存する非連合型である.そこで本研究では,苔状線維シナプスについてはシナプス荷重を固定し,先端部の回帰性シナプスの結合を錐体ニューロンの出力と連合して変化させた.これは「教師なし学習」の一種であるHebb学習法に相当するものである. 苔状線維に複数のランダムなバイナリパターンを繰り返し与えると,そのパターンが相関マトリクスとして神経回路モデルに埋め込まれ,自己連想できるようになることがシミュレーションにより示された. 従来の神経回路モデルにおいては,自己連想メモリは相関学習などの「教師あり学習」により実現されてきたが,これには教師信号を生成する別の神経回路を仮定する必要があった.本研究により,樹状突起の能動性によってもたらされるシナプス統合の階層性,入力系統に依存したシナプスの棲み分けパターン,及び「教師なし学習」の一種であるHebb学習という,生理学的・解剖学的にみて自然なメカニズムのみによって,海馬CA3領域が原理的には単独で自己相関メモリ機能を実現できることが示された.
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