研究概要 |
リン脂質代謝マーカーであるポジトロン標識ジアシルグリセロール(C-11 diacylglycerol)とポジトロンCTをもちいた研究では、脳に起こった損傷が遠隔領域の大脳皮質連合野に局所的なイノシトールリン脂質シグナルの増強を誘発したことから、この増強現象は大脳皮質の失った神経回路に対する連合野の代償的な修復過程での現象ではないかと考えられた.そこで本特定領域研究では脳損傷やアルツハイマー病の症例を対象とし連合野を介する高次脳機能の回復メカニズムを検討した. (1)イノシトールリン脂質シグナルの増強現象と高次脳機能の改善程度との関連を調べた。改善程度との関連では、脳卒中や脳損傷における中枢神経系損傷において増強現象は亜急性期、すなわち修復期と考えられる2週から1ケ月の間で、確率(75%)で出現した。また慢性期すなわち症状固定期では出現しないことが判った.前方連合野と後方連合野などの可塑的機能の強い領域に増強現象が出現した症例では、記銘力の向上や集中力の改善が認められた. (2)limbic typeやcortical typeのアルツハイマー病症例においてイノシトールリン脂質シグナルの増強現象と高次脳機能の改善程度との関連を調べた.前頭連合野にトレーサの高集積を示すradioactive spot現象を認めた.これはアルツハイマー病患者の前頭連合野に何らかの可塑的変化が存在する事が示唆された.しかし本来アルツハイマー病はregion-specificな破壊性病変が後方連合野に生じ,それに伴う臨床症状が病期に沿って進行するという解釈がこれまでの神経学の常識であった.しかしアルツハイマー病は臨床像が多様であり,後方連合野の機能低下だけでは説明しきれなかったことも確かである.そこで本結果から,後方連合野の機能低下に対し前頭連合野に何らかの代償性変化が生じ,それが臨床像を修飾しているのではないかと考えられた.すなわち破壊性病変のみならず,代償性変化もアルツハイマー病患者の病態を考える上では重要な因子である可能性があることを示した.
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