研究概要 |
本研究の目的は,古典和歌における表現技法の授受関係を把握することである。『新編国歌大観』に収められた45万首の和歌データを,計算機上に実現したプログラムによって処理し,その結果を吟味するという手順をとる。プログラム作成を情報科学の研究者が担当し,結果の評価を国語学・国文学の研究者が行うという連携で研究を進めた。 まず,日本初の勅撰和歌集『古今和歌集』の表現を後世の歌人たちがいかに受容しているか,その様相を史的に把握するため,『古今集』歌と後世の私家集(個人歌集)の歌との表現の類似性の数値化を試みた。その結果,『古今集』の和歌の表現を,そっくりそのまま利用して歌作りをする歌人と,そうでない歌人のいることが,具体的に把握できた。そして,従来言われてきたような,時代性による差が看取される一方,歌人の個性に帰すべき要素も指摘できることがわかった。そこで,このデータの中から,特に『古今集』歌との類似性の高い,恵慶法師の私家集に着目し,彼の『古今集』の表現摂取のあり方を考察した。恵慶は,まだほとんど研究の手が付けられていない,平安中期の歌僧である。先のデータは,このように,個々の歌人論への発展が予想される,注目すべきものであった。 次に,ふたつの歌集間において,一方に比較的よく表れるが他方には表れにくい表現を,その歌集の表現特徴として抽出することを試みた。これは,冒頭に述べた本研究の目的を達成する上で,先の類似歌抽出と表裏一体をなすものである。特に,西行『山家集』と慈円『拾玉集』,藤原定家『拾遺愚草』とその息為家『為家集』の比較では,従来,それぞれ前者が後者に多大なる影響を与えたと考えられてきただけに,その差異の明確な把握に成功したことは,古典和歌の表現研究に寄与するところ大である。
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