研究概要 |
電子-格子系での光誘起相転移には,非平衡(励起)状態を経由した相転移現象と非平衡(励起)状態での相転移現象の二種類の側面がある。この差異を初めで明確に峻別し,これら双方に関して並行して研究を進めた。前者は,有機電荷移動錯体やスピンクロスオーバー錯体などで観測されている光誘起相転移であり,これらの物質は,基底状態の他にそれと接近したエネルギーの準安定状態を持つ多重安定系として知られている。このような多重安定電子-格子系で観測されている光誘起相転移現象では,局所微視的な励起状態領域が光励起によって生成され,相互作用を通した協力現象によって,次第に大域巨視的な励起に移り変わっていく過程が重要である。後者の光誘起相転移は,光で強励起した絶縁体やIII-V族化合物半導体,アルカリハライド結晶,銅ハライド結晶などで観測されている。特に,多数の励起キャリアや励起子がお互いにクーロン相互作用しながら,有限寿命の下で相分離過程や凝縮過程を示す点が興味深い。前者・後者ともに,これらの機構を明らかにしうる理論的枠組みの決定版は無い。そこで本研究では,これらの実験事実をふまえながら微視的および現象論的モデルを構築し,実験結果の解釈と新しい現象の予言とを行った。主として4テーマの研究を推進した。 1.非平衡状態を経由した相転移(ドミノ倒し過程)の理論:非平衡(励起)状態を経由した相転移現象現象は,電子励起状態を経由した(非平衡)1次相転移現象の量子ダイナミクスの典型例である。その初期過程は「ドミノ倒し過程」で記述されることが本研究で明らかになった。この理論モデルを用いて,多重安定系での非平衡協力現象における量子核生成過程や量子揺らぎの役割を解析的かつ数値的に明らかにし,本質的な部分を抽出した現象論的モデルを導き出した。 2.有限寿命系の相分離ダイナミクスの理論:非平衡状態での相転移を議論するモデルとして,励起子のような寿命を伴う粒子の相分離(スピノーダル分解)ダイナミクスを追跡する理論を構築した。本理論では,平均場描像では落とされている空間相関情報を,2点相関関数のフーリエ変換である動的構造因子に取り込む。寿命による粒子消滅と光照射による粒子生成の効果とを取り入れる点が新しい試みである。本研究では,Ginzburg-Landau-Wilson流古典現象論を基にした取り扱いと,「格子気体モデル」を基にしたより一般化された取り扱いとを行って理論的枠組みを完成し,数値計算によりダイナミクスを追跡した。 3.多励起子系のボゾン理論:光誘起相転移は,電子の励起状態が関与する協力現象である。絶縁体の電子励起状態を光制御する観点から多励起子系を理論的に理解するために,ボゾン描像の立場から励起子を取り扱う研究を行った。本研究で,2個の励起子が存在する部分空間についての新しいボゾン化法を提案した。さらに,この励起子ボゾン化法を用いて非線形光学応答を解明し,多励起子系の量子状態への拡張を議論した。 4.量子常誘電体での光誘起協力現象の現象論:非平衡相転移現象や光誘起相転移過程において,物質の量子力学的性質が果たしている役割はまだほとんど明らかになっていない。最近,量子常誘電体に光照射をした系で,誘電率が異常増大する現象が観測された。この現象を,光遷移による量子揺らぎの抑圧によって常誘電体→強誘電体転移が制御される効果と捉えることにより,量子常誘電体での光誘起協力現象の現象論的考察をすすめた。
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