研究概要 |
本研究課題の当初計画は,(1)ピコ秒時間分解赤外分光システムの感度向上,(2)電荷の分離した電子励起状態の時間分解赤外分光測定およびそれによる電子励起分子の構造の検討,の2点を主とするものであった。まず(1)の点に関しては,レーザー動作の安定性を改善する試み,新たな赤外発生結晶の試験等を行ったが,以前よりも著しく感度が向上することはなかった。しかし細かい技術的向上によって,以前よりも検出感度は向上している。次に(2)の点については,以下に述べる分子について測定を行い,議論すべきデータを得た。対称な構造を持つ炭化水素として,スチルベン,ジフェニルアセチレンについて研究し,励起状態における構造変化と,その溶媒極性に関する変化や電子構造について議論した。また共役系の両端に電子供与性基(アミノ基,ピロール基)と電子吸引性基(シアノ基)をもつ化合物として,ジメチルアミノベンゾニトリル(DMABN),シアノベンゾキヌクリジン(CBQ),シアノフェニルピロール(CPP)を研究対象とした。これらの分子については,極性溶媒中における電荷移動(CT)型励起状態において,アミノ基やピロール基がベンゼン面に対して垂直にねじれたTICT構造の存在等が議論されているが,明確な実験的根拠はなく激しい議論が続いている。本研究では,DMABNのCTおよび局在励起(LE)状態について同位体置換種を含めピコ秒過渡赤外吸収を測定し,確実な振動帰属に基づく議論をめざした。また関連した構造を持つCBQやCPPのピコ秒過渡赤外吸収との比較,理論計算を併用した振動解析からも,CT状態の構造について議論した。現時点までで,DMABNのCT状態が平面的であるか,ねじれ型であるか,その最終的な結論を得るには至っていない。しかしDMABNの数本の振動バンドについては帰属をほぼ確立し,キノイド性とベンゼノイド性の双方の寄与を持つ電子構造であること等,今後の議論に有効な情報が得られた。
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