研究概要 |
NMRはミクロな立場から豊富な情報をもたらす非常に強力な分光法であるが,感度が低いという大きな欠点がある.従って,表面・界面や微小領域の観測やきわめて大きな分子の研究は難しいのが現状であり,感度を飛躍的に向上させる手法の実現が希求されている.本研究の目的は,レーザー励起三重項分子の動的核偏極を用いたNMR信号の増大化の方法を,物理的,化学的,生物学的に興味深い,一般的な物質に対して,しかも,粉末や溶液状態の試料に適用できるように改良する初の試みにチャレンジすることである.まず,99.2%の水素を重水素で置換した単結晶ナフタレンに0.015mol%のペンタセンをドープした試料を作成し,レーザー励起とESR照射により水素核スピンの偏極を試み,150Kで熱平衡の34万倍にあたる67.5%という巨大な偏極を得ることが出来た.偏極増大の時定数は420sであった.また,より実用性の高い試料として,粉末試料での偏極を試み,ペンタセンをドープした重水素化ナフタレンの粉末試料で、100Kで熱平衡のおよそ10000倍の偏極を達成した.さらに,重水素化していないナフタレンとペンタセンの粉末試料で、100Kで熱平衡のおよそ3000倍の偏極を達成することが出来た.これらの結果より,例えば,包摂化合物のようなゲストーホスト分子認識を行っている系において,ペンタセンをドープしたナフタレンを導入し,この巨大な偏極を用いることで高感度な観測が可能になると期待される.また,この大きな偏極の応用として,NMR量子コンピュータにおけるスピン系の初期化および感度向上なども考えられる.
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