研究概要 |
本研究の目的は,膜型人工肺と部分体外循環による体外式心肺補助(extracorporeal lung and heart assist,ECLHA)と軽度低体温併用による心肺脳蘇生法の有用性を,心肺停止動物モデル(イヌ)で実証することである。まず,コンピュータによる体温の自動制御装置と生体情報の記録装置を作成した。本装置は,生体情報を1分間隔で記録保存でき,体温を0.3℃の変動範囲に調節できた。脳の温度と,頚静脈血温度,大槽温度,肺動脈血温度はよく相関することが分かった。直腸温度は脳温度と相関するが,低体温の時には下痢と粘液性便(心停止後)のため正確に脳温度を反映しなかった。以上の結果から本研究では簡便性と安全性の点から脳温度のモニターとして肺動脈血温度の測定が最適と判断した。 ECLHAではヘパリンの持続投与のため出血する。ヘパリン投与量を減らすため,ヘパリン共有結合の人工肺と回路を試作しヤギでECLHAを実施した。その結果,ヘパリン投与量を従来の半分に減らし,全血活性凝固時間が正常上限の130秒でも安全に長期ECLHAが可能であった。低体温も出血傾向を助長するから,長期の軽度低体温(33℃)時の血液凝固・血小板機能をイヌで調べた。その結果,低体温48時間の時点から血小板凝集能が抑制されたが,24時間では血小板凝集能及び血小板数には影響ないことが分かった。 心停止モデルの条件を一定にするため,極力麻酔から覚醒した状態で,空気呼吸かつ常温下に電気的に心室細動を誘発して15分間の心停止を作成した。覚醒状態のイヌで心室細動を誘発すると,高度の交感神経興奮状態と血液過凝固状態を生じるため,本心停止モデルでは心停止誘発前にヘパリンの全身投与が不可欠であった。 以上の予備的研究後に,15匹の雑種成犬で心室細動を誘発し15分間の心停止モデルを作成した。心停止のイヌを,常温ECLHA群(n=8)と,低体温ECLHA群(33℃,20時間,n=7)に分けて蘇生し,96時間経過を観察して,心臓と脳の組織学的変化,生存率,神経学的欠損スコア(neurologic deficit score,NDS)を両群で比較検討した。 心筋梗塞部の重量は,常温ECLHA群14.5±3.5g,低体温ECLHA群4.2±1.3g,脳の組織検査では,常温ECLHA群の海馬CA1領域の錐体細胞の高度の変性脱落を生じたけれども,低体温ECLHA群の錐体細胞はほぼ正常で,低体温ECLHA群は常温ECLHA群に比べ,脳と心臓の保護ならびに回復に有効であった。両群の救命率(常温ECLHA群:8例中2例生存,低体温ECLHA:7例中6例生存)とNDS(常温ECLHA群:生存例2例とも昏睡状態の60.5±4.9%,低体温ECLHA群:29.8±2.5%)にも有意の差を認め,軽度低体温併用のECLHAは心肺脳蘇生に最も有効な方法である。
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