研究概要 |
オカダ酸とトートマイシンは,1型および2A型プロテインフォスファターゼ(PP1およびPP2A)の高親和性阻害剤であり,それらの酵素に対して正反対の相対親和性を示す。本研究では,酵素結合に伴う阻害剤分子の超微小コンフォメーション変化の解析を行い、そのデータに基づいて天然物以上の有用な特性を持った新規阻害剤の設計・合成を行うことを目的として実験を遂行した。 1. 本研究では高純度の酵素が繰り返し必要になった。そこで、大腸菌による大量発現の方法を採用、発現酵素の精製には,一般の液クロ操作に加え,等電点電気泳動の原理に基づいた精製法を導入し,結晶化が可能な程度に高純度の酵素を十分量,確保する方法を確立した。 2. トートマイシン分子中,いくつかのn位-n+3位炭素ペア(C_n-C_<n+3>)を通常の^<12>Cから^<13>Cに完全に置換えたものを合成した。それらの酵素阻害作用性が,置換前のものと異ならないことを,精製プロテインフォスファターゼ標品を用いて確認した。 3. これらの^<13>C置換体単独のNMRスペクトルをとり,J_<Cn,Cn+3>カップリング定数から,C_n-C_<n+1>とC_<n+2>-C_<n+3>との間の角度φを測定した。さらに、等モルよりやや過剰の酵素を加えて,同様にφを測定し,酵素を加える前の値と比較する実験を行った。酵素蛋白分子には圧倒的に多くの炭素が存在するが,阻害剤側の注目する炭素ペアは^<13>Cで置換えてあるので,このような測定が可能となる。また,トートマイシンやオカダ酸は,酵素に極めて高親和性に結合する(解離定数はpM-nMオーダー)ので,酵素を添加した際には,^<13>C置換体は,遊離したものをほとんど残さず,ほぼ100%酵素と結合して存在するため,解析感度上、極めて有利である。 4. 二種類のタンデム質量分析システム(MALDI-TOF MSとQ-ESI MS/MS)を用い,酵素単独および阻害剤結合体の質量分析を行った。これにより,阻害剤が酵素蛋白全体,またはその断片に結合した状態でのスペクトルを観察した。 5. 得られたデータに基づきいくつかのトートマイシン誘導体を合成した。原物質より高親和性のものは今のところ得られていないものの、これら誘導体における酵素親和性の変化の検討から、トートマイシンのC1-C16セグメントの立体化学が本毒素に特徴的なPP1とPP2Aへの親和性の違いを決定する主要な因子であることを示すことが出来た。
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