研究概要 |
本研究は,音声言語を主なる対象としてきた認知・言語心理学の分野で,新たに手話という音声を伴わない言語を第2言語として取り上げ,その記憶過程を実証的に解明しようとするものである。 作動記憶理論に基づく実験1から実験4までは,二重課題法を用いて,手話学習の未経験者に音声言語である日本語と視覚言語である手話との対連合学習を行わせた。手話単語のイメージ性の高低や動作幅の大小も要因操作した。実験1では並行課題として構音抑制課題を採用し,実験2では,並行課題として空間成分に関わる「ペダル踏み」課題を採用した。その結果,第2言語としての手話の語彙学習では,音韻短期記憶が音声言語ほどには重要な役割を果たさず,視・空間短期記憶も重要な役割を果たさないことが示唆された。しかし,手話の符号化には視覚的イメージなど視覚成分に関わる視・空間情報の処理と一時的保持が不可欠と考えられる。そこで,実験3では図形記憶課題を,さらに実験4では記号記憶課題を,それぞれ並行課題として採用し,視・空間短期記憶の役割を再検討した。その結果,学習試行数の増加に伴う手話単語の再生成績の上昇パターンは,図形・記号記憶課題の有・無条件間で異なり,図形や記号の視覚的リハーサルが手話動作の符号化を妨害することがわかった。視覚成分に関わる視・空間短期記憶は,第2言語としての手話の学習に重要な役割を果たすといえる。さらにバイリンガル二重符号化理論に基づく実験5では,手話の中級学習者に,日本語-日本語表現,日本語-手話翻訳,手話-日本語翻訳,手話-手話表現の4課題を偶発学習事態で行わせ,日本語の自由再生成績を比較した。その結果,日本語表象システムと手話表象システムは独立して機能し,しかも相互に結合していることが明らかとなった。また,手話動作に含まれる視覚情報は,絵や写真のそれとは質的に異なることも示唆された。
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