研究概要 |
ピエール・コルネイユの中・後期の戯曲を検討し、作劇法の特質と変遷を明らかにした. 所謂四大傑作に比して、それ以後特に1660年頃までの作品に目立つのは、ロマネスクなものへの強い志向である.つまり、作者は、傑作悲劇の長所である人間心理の正確かつ迫真の描写を犠牲にしても、観客を驚愕、感嘆させるストーリーの展開、山場の設定にドラマツルギーの重点を置いた.その典型的な例が『ロドギュンヌ』であって、最終幕の毒杯の生み出す視覚的サスペンス等によって大成功を収めるが、登場人物の心理面には明らかな不自然さが存在した.また、『ニコメード』などのフロンド期の作品では、こうしたロマネスク性に加えて、現実の事件、人物を作中て暗示する時事性が、観客の好奇心に大いに訴えた.劇壇復帰作となる『エディップ』においても、自由意志の尊厳を認めるコルネイユ的世界と宿命の悲劇であるオイディブス伝説の間に存在する本質的な矛盾を、悲劇を,サスペンスをメインに据えた娯楽作品に仕上げることで解消し、成功を博した. 晩年の特に『オトン』以降の作品では、「政略結婚劇」とでも呼ぶべき構成が主流を占めるようになり、先祖返りつまり初期喜劇の手法への回帰現象が見られる.また、一種のリアリズム志向が『ソフォニスブ』、『オトン』等で顕著となる.加えて最晩年の作品に至ると、ラ・ロシュフーコーの『箴言集』を思わすペシミスティックな世界観が戯曲を支配するようになって、それが作劇法にも影響を与える. 古典演劇理論の観点から言えば、コルネイユは「真実らしさ」より「真実」を重視する異端派である.彼はこうした立場に立つことで、『ロドギュンヌ』など中期作品でのバロック的異常美の追求や、後期作品におけるリアリズムの追求を正当化しようとした、と考えられる.
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