研究概要 |
本研究においては量子力学的輸送方程式を半導体中のスピン偏極2次元電子ガスに適用し、低温(電子分布が縮退した領域)における縦および横スピン拡散係数を数値的に求めた。縦スピン拡散係数は温度が下がるに従い単調に増大するが、横スピン拡散係数は低温でその増大が飽和することが示され、その飽和拡散係数の大きさは系のスピン偏極度に依存している。これは後者が通常のフェルミ流体の輸送係数の温度変化とは異なる振る舞いをすることを示している。またスピン波などのスピン集団運動発生の目安となるSpin-rotation parameterは低温で増大し、半導体中の2次元電子ガスにおいてもLeggett-Rice効果が発生し得ることを示している。計算で得られたスピン拡散係数は10^1-10^4cm^2s^<-1>程度であった。 一方半導体ヘテロ界面,量子井戸中にある現実の2次元電子ガスにおいては,電子間散乱に加えて(今回の理論では考慮していない)不純物散乱もスピン拡散に影響する。この寄与が大きいと,電子散乱の効果がマスクされて測定されない。不純物散乱のスピン拡散係数への寄与を,実験で測定されているキャリアー移動度からアインシュタインの関係式を使って見積もると,極めて移動度の高いサンプルでは低温(<10K)で電子間散乱と同程度であった。したがって今回の研究で問題としている電子間散乱に起因するスピン拡散やスピン集団励起を測定するためには,移動度の大きい,高品質のサンプルが必要になる。 またGaAs/InGaAs量子井戸構造サンプルにおけるスピン拡散とスピン緩和の測定を開始した。現在は,pn接合を介した量子井戸へのキャリアー注入におけるスピン緩和を評価するために,サンプル表面のn-AlGaAs層で円偏光光励起されたスピン偏極電子が縦方向にドリフトし,p-InGaAs層で発光再結合する際のスピン偏極度を時間分解測定している。これまでに得られたデータを見ると井戸層に注入された電子は,すでにかなりスピン緩和を起こしており,スピン偏極2次元電子を得るには,まだ構造の最適化が必要であることを示している。
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