低速高電離イオンが固体と衝突するとき、入射イオンが固体から電子をその外殻軌道に捕獲し、内殻にほとんど電子が詰まっていない中空原子(hollow atom)が形成される。この中空原子は、表面上で最初形成され、それが、固体表面下で第2世代の中空原子が形成される。これらの中空原子は、表面上では、主に、オージェ遷移で崩壊し、表面下では、オージェ遷移と固体からの電子捕獲を繰り返しながら、最終的に中性化される。高電離イオンと固体表面衝突実験のなかで、特に、Arイオンが固体表面に入射させたとき測定されたKαX線スペクトルがの形状が、入射イオンのエネルギーに依存して変化するという実験結果について、今まで、定量的な研究が行われていなかった。 本研究では、高電離イオンと固体表面の相互作用を明らかにするために、multistep capture and loss(MSCL)モデルを構築して、中空原子の崩壊に伴うX線スペクトルのシミュレーションを行った。本研究の成果は、以下にまとめられる。 (1)内殻励起原子である中空原子に対して、そのエネルギー状態を、1電子配置関数を用いた相対論的構造論に基づく計算をした。その結果、Ar中空原子に対するKαX線の遷移エネルギーは、実験とよい一致を示した。 (2)中空原子の崩壊過程を記述するために、電子捕獲とオージェ遷移によるイオン化との競合する崩壊過程の時間的追跡ができる。MSCLモデルを提案した。 (3)高電離イオンによる電子捕獲確率を、classical over-the barrier(COB)モデルで求め、これが、入射イオンの速度に比例して大きくなることを示した。 (4)Arイオンと固体(Si)との衝突実験で、入射エネルギーを変えて観測したKαX線スペクトルを、MSCLモデルでシミュレーションし実験スペクトルをすべて再現できた。このシミュレーションでは、(3)で示したCOBによる電子捕獲確率を使った。その結果、入射イオンの速度に依存してスペクトルの形状が変化するのは、電子捕獲確率が入射イオンの速度に比例して大きくなるためであるとの結論を得た。 (5)Krと固体との衝突で観測されるKα線スペクトルに対して、Coster-Kronig(CK)遷移の影響を調べ、CK遷移によって、Kα線の衛星線の中で、L殻電子が7あるいは8個などの衛生線の強度がその強くなるとの結果を得た。
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