研究概要 |
溶液内金属錯体の性質に深く関わっている金属周囲の立体分子構造の解明をめざすため,主としてXANES法を中心として状態分析を行い,得られたXANESスペクトルについてDV-Xα分子軌道を用いて解析する手法を開発・確立し,以下に述べるいくつかの金属錯体の構造を解析し,それら溶液内金属錯体の性質との関係を明らかにした。 (N,N',N",N'''-tetrakis(2-aminoethyl)-1,4,8,11-tetraazacyclotetradecane)の銅(II)錯体は結晶状態では二核配位構造をとり、対イオンがBr-の場合、架橋構造を、ClO4-の場合は非架橋構造をとる。この錯体の水溶液中での挙動を検討するために結晶および水溶液中での銅(II)錯体のXANESスペクトルを測定し、溶液中での銅錯体の構造を検討した。Br-架橋した銅(II)錯体のXANESスペクトルは結晶および水溶液で変化が見られなかった。非架橋構造の銅(II)錯体では水溶液のスペクトルは結晶のスペクトルと異なっており、非架橋の銅(II)錯体は水溶液中では銅原子周りの構造が結晶状態とは異なっていると考えられる。得られXANESスペクトルをDV-Xa分子軌道法計算した結果、水溶液中で銅(II)錯体の銅原子周りの構造はBr-もしくは酸素原子(ClO4-の)で架橋した構造となっていることを明らかにした。 2種類の一次元積層構造を形成し異なったXANESスペクトルを与えるビス(アルカンジオンジオキシマト)ニッケル(II)錯体のピリジン溶液のXANESスペクトルは1種類のスペクトルしか与えない。これらの構造について推定分子モデルを構築しDV-Xα分子軌道計算を行った。その結果、固体中では8340eV前後のスペクトルの形状がこの錯体の積層方向にある原子間相互作用の違いにより変化すること,ピリジン溶液中では2種の固体構造の中間的構造をとっていることを明らかにした。この結果はニッケル(II)グリオキシム錯体溶液の赤色発現機能の原因を解明する情報を与える。 1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカン(cyclam)の錯体である[CuBr2(cyclam)]および[Cu(cyclam)(H2O)2]F2・4H2Oの粉末および水溶液でのXANESスペクトルは互いに異なっており,これらのスペクトルを解析するために種々の推定分子モデルに対してDV-Xα分子軌道計算を行った。その結果,Cu(II)の軸方向にある2つのBrイオンの1つがH2Oと置換することによって、残りのBr-Cu(II)-N間の電子的相互作用が増加し、このことが残りのBrイオンとH2O分子との交換を難しくさせ、水溶液中で錯体種[CuBr(cyclam)(H2O)]+が多く存在する原因となっていると考察した。 以上の研究により、XANESスペクトルをDV-Xα分子軌道法で解析する手法が、固体ならびに溶液中の微視的相互作用の解明に非常に有効であることを示した。
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