研究概要 |
高等植物やラン藻など光合成生物の光合成の場となるチラコイド膜の主要糖脂質であるmonogalactosyldiacylglycerol(MGDG)の生合成については、古典的な代謝レベルでの実験から、シロイヌナズナやホウレンソウなどの植物では葉緑体の内側と外側で行われる2つのMGDG合成経路が存在すること、またキュウリなどの植物では葉緑体外の経路しか持たないことがわかっている。葉緑体内での経路は原核型経路、葉緑体外での経路は 真核型経路と名付けられ、植物脂質代謝を特徴づける最も重要な経路として広く知られている。しかしなぜこのように植物によって異なる経路が存在するのか、さらにそれらの経路がどのように制御されているかなどの点は全く分かっていなかった。本研究では、これら2つの葉緑体主要脂質合成経路に関する古典的知見を申請者らの得たMGDG合成酵素遺伝子ファミリーを鍵として再検討し、これら2つの合成経路の違いやその生物学的意義、その制御機構を明らかにすることを目的として研究を行った。 申請者らはシロイヌナズナに3種の異なるMGDG合成酵素遺伝子MGD1,MGD2,MGD3が存在することを見出した。MGD1mRNAは全ての組織で高い発現を示したのに対して、MGD2については花芽で、MGD3については子葉および根でそれぞれ最も高い発現を示すことが分かった。細胞内局在性に関して詳しく調べたところ、3種のMGDG合成酵素は全てプラスチドに局在することが明らかになった。また、特にMGD1については細胞分画法により葉緑体包膜に局在することが抗MGD1抗体を用いた解析により明らかになった。3つの酵素の基質特異性を調べたところ、MGD1がdiacylglycerol(DG)に対する基質特異性が低いのに対してMGD2やMGD3では真核型経路で合成される真核型DGに特異性が高いことがわかった。また、MGD3がシロイヌナズナの発芽初期に高い発現を示し、生育日数に応じて発現が減少することがわかった。これと平行した脂質組成分析の結果、発芽初期には真核型脂質の割合が高く、生育に伴い真核型の割合が減少し、原核型脂質の割合が増加する傾向を示した。このことはMGD3が主に真核型脂質の合成に関わっていることを示唆している。これらの結果を統合して考えると、葉緑体形成時の糖脂質合成については主にMGD1が機能しており、MGD1は原核型経路と真核型経路の両方を担っていると考えられる。また、MGD2,MGD3については、発芽初期や花、根などの限定的な条件下で主に真核型脂質合成経路に関与していると考えられる。さらに、これらの結果とは別にリン酸欠乏条件などのストレス時においてはMGD2や、特にMGD3が糖脂質生合成に大きな寄与をしていることも示唆された。
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