研究概要 |
聴取者が音の伝搬する空間である音場から得る情報を考える上で,頭部伝達関数と室内伝達関数は重要な役割を果たしていると考えられる.任意の音場の中に聴取者が存在するとき,これらを考慮した上で,聴取者の両耳に生じる音信号を精密に再生するには,(1)聴取者を取り囲む球形の境界を仮想的に設置(これを仮想球境界と呼ぶ)し,その境界によって,聴取者の周りの音場を,聴取者からみて球の内側と外側の2つに分ける,(2)外側については,音源から境界上の点までの伝達関数,内側については,仮想球境界上から両耳までの頭部伝達関数をそれぞれ計測し,(3)それらを合成することによって可能であることが,本研究者による事前の検討により,理論的には示されていた.このような音場情報の再生モデルを,以後「仮想球モデル」と呼ぶ.本モデルでは,球形の境界を設定することにより,聴取者による頭部の回転にも,精度よく効率的に追従できると考えられ,聴覚ディスプレイへの応用が期待されることが大きな特徴である. 本研究では,上記の仮想球モデルにおける両耳音圧の再生精度を,コンピュータシミュレーションをとおして,定量的な観点で検討し,その実用性について考察を行った.その結果,仮想球モデルにより,-20dB程度の誤差で,両耳音圧を再生できることが明らかとなった.これについては,昨年10月に開催された西太平洋地区音響学会議で発表した. このように,本研究者が提案する仮想球モデルは,室内伝達関数,頭部伝達関数によって,聴取者の両耳音圧を精度よく再生することが可能であるが,仮想球モデルでは,仮想球境界をもとにした室内伝達関数,頭部伝達関数の情報が必要となる.また,これらは,再生しようとする音の波長に対して十分に細かく得ることが必要で,結果として必要となる情報量は膨大となってしまう.そのため,これらの伝達関数に含まれる情報を,大きく劣化させることなく効率的に符号化するための手法について検討した.本研究では,音の伝搬する物理的な機序に応じた符号化を考えるという観点から,物理モデルに基づいた符号化について考察した.具体的には,NTTの羽田らによって提案された共通極・零モデルの適用を試み,さらに,このモデルによって,任意方向の頭部伝達関数の合成(補間)の可能性を検討した.その結果,共通極・零モデルで推定される極めて少数のパラメータによって,聴取者を取り囲む全方向の頭部伝達関数を精密に合成できる可能性が示された.
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