研究概要 |
放射線照射後の細胞にみられる潜在致死損傷(PLD)の回復は古くから知られた現象であるが,発生機構はいまだ解明されていない。PLD回復機構を解明することは放射線の生体に対する作用を理解するうえで重要である。また,腫瘍組織では正常組織にくらべPLD回復のおこる可能性が高いのでPLD回復の抑制は癌治療の成績の向上につながるものと考えられる。 我々は以前,放線菌が産生する抗生物質レプトマイシンB(LMB)が著しいPLD修復阻害作用をもつことを報告した。その後の研究でLMBは染色体の高次構造維持に関与しているCRM1タンパク質に特異的に結合してその機能を阻害する事が明らかとなった。このことからCRM1は放射線照射によって生じた染色体構造の乱れを修復する働きがあり,LMBによるPLD回復阻害は,LMBがCRM1に結合してその機能を不活性化するためではないかと考えた。一方、放射線抵抗性であることが知られているスナネズミの胎児由来の培養細胞(MGF)はレプトマイシンBに感受性をもたない(PLD回復の阻害が起こらない)ことを見い出した。LMBによるPLD回復阻害にCRM1が関与しているとすると,スナネズミの細胞がLMBに感受性を示さないのは,スナネズミのCRM1に変異が生じてLMBが結合できないためではないかと考えた。この仮説を検証するためスナネズミのCrm1のクローニングを行い,アミノ酸配列を調べ,LMBに対して感受性である他生物種のアミノ酸配列との比較を行い変異の有無を調べることにした。 [結果]スナネズミの精巣からRNA画分を抽出し,種間で保存されている領域をえらんで縮重プライマーを設定し,PCRを行なった。まず,スナネノミのCRM1のCCR領域からC末端までのアミノ酸配列を決定した。LMBに対して感受性である分裂酵母のCRM1上のLMBの結合部位はCCR領域のシステイン残基(529番目)であるが,スナネズミの529番目もシステインであり変異はなかった。スナネズミ細胞におけるLMB抵抗性は当初予想していたようにCRM1のLMB結合領域の変異によるものではない事がわかった。 しかし,CRM1の529のLMB結合部位以外に変異が入ったことによりCRM1の立体構造が変化してLMBと結合出来にくくなり,LMBのCRM1活性阻害が消失している可能性もある。この可能性も含め現在MGF細胞CRM1のLMB耐性の原因について検討中である。
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