研究概要 |
地衣類は共生生物で特徴的な地衣成分を生産することで知られている.地衣菌を高浸透圧条件下で培養すると,地衣成分や新規化合物を生産させることが可能である.従って地衣菌の単離培養は新たな薬用資源となる可能性があるとともに,地衣類の共生の機構を研究する手段になると考えられる.今回,フィリピン,アメリカ,また日本で採集した地衣類から胞子由来の地衣菌を単離培養し,その成分検索を行った.Graphis属の地衣菌培養からは,インクマリン類,クマリン,クロモン類,γ-ラクトン類,ジカルボン酸,フェニルエーテル類を単離し,その構造を決定した.Ramalina otenosporaからは脂肪酸,脂質およびウスニン酸とともに新規アザフィロン化合物を,Lecanora属からは新規ジベンゾフラン類,ナフトピランおよびイソクマリンを,またPyrenula属からは新たにナフトピランを単離し,構造決定した. このような二次代謝の変化は地衣菌の共生と進化の側面から考察すると非常に興味深い結果である.今回得られた化合物のうちあるものの基本骨格は,地衣成分としてはこれまでに例がなく,構造的には菌代謝物に関連した化合物であった.さらに,今回単離したγ-ラクトン類,ジカルボン酸は,天然の地衣類から得られる類縁の化合物と比較して炭素鎖が短く,prototypeとも言うべき化合物であった.この事実からこれら地衣菌では,共生以前の進化の早い段階で持っていたfree-livingの地衣菌の代謝能がそのまま保存されていると考えられる.すなわち地衣菌の起源は,Alternaria属などのfree-livingの菌類と同じであるが,進化の過程で異なる生活形態をとり,分かれてきたと考えられる.地衣菌は共生状態でもこのような生合成能を保持しているが,共生状態にある自然界では共生藻によって抑制されており,単離培養では共生藻の影響を脱したため本来のの代謝経路が発現してきたと考えられる.今後さらに共生菌の生合成経路や代謝の調節機構を調べることにより,地衣の進化の過程や共生に関して重要な知見が得られるものと期待できる.
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