研究概要 |
ピリドキサール酵素の触媒反応過程でのプロトンの動態を探る目的で,芳香族アミノ酸デカルボキシラーゼ(AADC),アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AAT),と芳香族アミノ酸アミノトランスフェラーゼ(ART)の酸塩基化学の速度論的解析を行った。AADCには基質のアミノ基の脱プロトン化された形が優先的に結合するが,これに加えて双極イオン型の基質もある程度結合し,ミハエリス複合体形成時に基質アミノ基のとピリドキサールリン酸シッフ塩基の静電的反発が生じて脱プロトン化が起こることが判明した。AATにおいてはPLP-Lys258シッフ塩基の塩基性が反応の進行に伴って変化することが触媒作用に重要な役割を有する。部位特異的変位とX線結晶解析により調べた結果,シッフ塩基の塩基性の変化は従来考えられた基質カルボキシル基の静電的効果はわずかであり,大部分が酵素のコンフォメーション変化に伴うシッフ塩基の捩れの解消によってもたらされていることが分かった。ARTでX線結晶解析で得られた図を詳細に検討すると,芳香族基質の芳香環がPLPの近傍に位置しているTrp140を圧迫し,そのためにPLPのピリジン環の変位を通じてシッフ塩基の捩れを解消し,負荷電が少ないにもかかわらず大きなpK_aの上昇をもたらすことが明らかとなった。 以上のことを総合し,プロトン数座標軸を取った三次元的なエネルギー準位の考察を行うことで,AADCにおいては静電的反発により,古典的なミハエリス複合体の歪みによるk_<cat>の上昇,一方,AAT,ARTでは酵素に内在する歪みエネルギーが触媒反応の進行に伴って解放されることがk_<cat>/K_mを上昇させていることを見出した。すなわち酵素触媒における解離基のpK_aはこれら歪みのエネルギーによってもたらされる二次的なものであることを示し,酵素内部の解離基の解離現象・プロトン移動についての本質的理解を行うための方法論的基盤を確立した。
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