研究概要 |
動物の生存に不可欠な食行動には,生体の必要度に応じて,どのような種類の栄養素をどれだけ摂取するかという,きわめて重要な過程が存在する。このような食行動の動機づけに関与する神経機構については,従来から味覚伝導路を中心に検討が進められてきたが,依然として不明な点が多かった。 本研究課題では,脳内報酬系の枢軸で,ドーパミン細胞の主要な起始核である中脳腹側被蓋野と,その入出力経路が味覚嗜好性に基づく食行動の動機づけにどのように関与するのかを,脳幹部,とくに脚橋被蓋核などのアセチルコリン投射系に焦点を絞って検討した。破壊行動学的,神経解剖学的,神経化学的実験を実施した結果,1)腹側被蓋野あるいは脚橋被蓋核の破壊は,味覚嗜好性の認知には影響せず,嗜好性に基づく摂取行動をほぼ同様に阻害すること,2)腹側被蓋野と脚橋被蓋核の解剖学的な連絡様式から判断して,脚橋被蓋核から腹側被蓋野への入力が嗜好性味溶液の過剰摂取に促進的に作用していること,3)腹側淡蒼球の破壊も脚橋被蓋核破壊と同様に味覚嗜好性行動を阻害するので,腹側淡蒼球から脚橋被蓋核に至る経路も,最終的には腹側被蓋野の働きを調節している可能性が高いこと,などが明らかになった。さらに,本研究では,これら部位と味覚第2次中継核の橋結合腕傍核の解剖学的な連絡が示唆されたが,電気生理学的に結合腕傍核のニューロン活動を調べた結果,嫌悪性味刺激は嗜好性味刺激とは異なる過程で処理されていることが判明した。 本研究を通じて,近年,動機づけ行動への関与という面で関心が高まりつつある脳幹コリン作動性神経核のひとつ,脚橋被蓋核が,食行動の調節においても,とくに嗜好性情報の処理という形で役割を果たしていることが明らかになった。
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