今年度行った主要な研究は、明代の科挙制度と経学(特に礼学、春秋学)との関係に関するものである。当初の計画からすると、やや横道に外れるように思えるかも知れないが、昨年度の研究を通じて、明末蘇州の思想界について考えるためには、明代の「五経」学を明らかにすることが不可欠であると考えた結果、このような方向に研究を進めることとなった。 明代科挙と「五経」学との関係については、昨年度の研究で、「五経」学の地域性の問題が明らかとなり、少なからぬ新知見を論文に発表した((1)「明代科挙における専経について」)。その成果を踏まえて、本年度は明代科挙と『礼記』学との関係についての考察をまず行い、陽明学発祥の地である浙江省紹興府餘姚県では、『礼記』の選択者が他地域に比べて際だって多かったという重要な事実を明らかにした((2)「『礼記』を選んだ人達の事情-明代科挙と礼学」)。そして、その後、(1)(2)の論文執筆を通じて明確になった「五経」学の地域性について、本研究の対象地域である蘇州についても考察を進めた。蘇州については、『易経』学や『春秋』学に特色がありそうなことを既に明らかにしているが、その内、『春秋』学の方が他地域との比較の問題も含め、研究の手がかりが多かったことから、まず『春秋』学の問題から着手し、現在論文を準備中である。この『春秋』学をめぐる研究においては、明末の思想家馮夢龍を主な考察対象の一人としてとりあげ、蘇州の文人の経学・思想についても出来る限り詳細に明らかにする予定である。
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