自己の身体の方向を知覚する際の、身体部位の慣性主軸の効果について確認するための実験を行った。被験者は椅子に腰掛け、前腕に十字型の機材(前後約63cm、左右約60cm、質量約675g。アルミと樹脂製)を固定された。機材の左右に突き出た腕には、「右に200g」「左に200g」「左右に100gずつ」のいずれかの条件で重りが取り付けられた。被験者は上腕を体側に密着させ、前腕を床と平行に保つように教示された。被験者の前腕部は、高さ80cmの位置に床と平行に設置されたパネル(幅120cm、奥行48cm)で上部から覆い隠された。パネル上部の被験者に相対する位置に、横一列(10cm間隔)に並んだ目標が取り付けられ、被験者は各試行においてそのうちの1つを、前腕の水平方向の向きを調整することによって指示するように求められた。以上の実験から、被験者の前腕による方向指示は、(1)重りの位置の条件によって体系的な誤差が生じる、(2)その誤差は、十字型の機材を含めた前腕部の慣性主軸の方向と一致していることが確認された。これにより、身体方向の知覚が当該部位の慣性主軸の知覚に基づいていることが確認された。しかし、一方で(3)指示すべき目標の位置による効果があることも確認された。その原因の一つとして、肘関節の内旋/外旋にともなう筋群のバランスの変化が考えられる。そこであらかじめ被験者の前腕部に一定の負荷を加えることにより、内旋/外旋のための筋群の一部を疲労させ、そのバランスを崩した上で同様の実験を行った。その結果、とりわけ前腕部の回外運動に関わる筋群を疲労させた際に、慣性主軸の方向に関する感受性が低下することが確認された。以上の結果から、自己の身体の方向に関する触覚的な印象を支える慣性主軸の知覚が、筋群のダイナミックなバランスによって支えられていることが示唆された。
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