本研究の目的は、戦後活発化した「住宅計画論」において、家族に関するイメージがどのようなものとして持ち出され、また住宅計画に関する議論においてどのようなレトリック的な効果を発揮したのかを明らかにすることにある。公団に代表されるようなnDKの間取りを内包した集合住宅は、核家族に象徴されるような戦後的な家族のありかたに適合的であったことがしばしば指摘されるが、本研究では、こうした戦後的な住宅の計画という段階の学術的な議論において、想定される家族のあり方がどのように言及されてきたのか、そしてとりわけそうした家族認識の妥当性がどのように担保されていたのかということに注目している。方法論的には住居をめぐる議論における「家族言説」の社会学的な分析を試みており、研究の手順としては、住宅計画をめぐる著作や論文といった文献サーベイを行うとともに、そこでの家族の言及のされかたに共通するものや特徴的なものがないか検討している。 一年間の作業の結果えられた興味深い所見としては以下の二点があげられる。 ・「核家族」という語の使用:社会学においても「核家族」という訳語が定着するのは1960年代であるとされるが、住宅をめぐる議論においては1956年の住宅金融公庫をめぐる議論においてこの用語の使用が確認された。 ・住宅計画論と社会学との関り:戦後の住宅計画論に与えた影響が大きかったと思われる、西山夘三の住宅研究(とりわけ住宅営団所属期)において入口学や社会学といった領域での家族に関する知見の援用が認められた。
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