本年度においては、第1次世界大戦勃発から太平洋戦争終結までの時期を対象とし、医師や衛生学者などが著わした「衛生」「健康」「家庭医学」に関する啓蒙書や雑誌記事などを収集し、それらがどのような衛生知識・衛生技術を女性に伝達しようとしたのか、また、医療・衛生に関する家族を対象とした社会政策がどのように推進されたのかについて分析した。 第1次世界大戦後には、家庭生活を合理化する運動が活発化したが、合理化のための重要な条件として「衛生」が注目された。この時期には、外界の刺激に抵抗し打ち勝つ身体を持っていることが「健康」であるという健康観が定着した。そして、一家の衛生と健康増進をはかり、家族の体力・気力を養成することを母親の役割と規定し、子どもを身体的、精神的に強く鍛える方法を母親に説く医学的啓蒙書が増加した。遺伝の知識、子どもの年齢に応じた心身発達の状況、栄養の与え方、身体および精神の鍛練、虚弱児童の体質改善の方法などが説かれた。 この背景には、第1次世界大戦勃発以降の衛生行政の転換がある。妊産婦および乳幼児の身体を対象とした政策が推進され、貧困な産婦を収容する産院や貧困妊産婦の助産・看護を行う巡回産婆・看護婦、育児相談所、小児保健所の設置がなされた。1930年代後半には、国民の体位向上を目的として保健上の指導を行う保健所および保健婦の設置が法制化され、保健婦の家庭訪問による保健指導が展開された。この時期には、家庭生活が不健康、不衛生を醸成する根源として予防医学および衛生学の監視にさらされ、家族が、個人の不健康や体位の低下を予防する拠点として位置付けられたのである。
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