研究概要 |
19世紀後半のイギリスにおける青少年問題について,本年度は,前年度の研究をすすめるにあたって新たな課題となった少年期とジェンダーの問題を主に考察する方向で準備を進めてきた。基礎資料としてはひきつづき,The Boy's Own Paperをはじめとする同時代の少年雑誌を使用していたが,当初予定していた資料数点(The Religious Tract Society関連文献,19世紀ジェンダー関係史料集)が所蔵元からの謝絶,刊行遅延他の理由から入手できなくなった。そのため,実際の研究としては傍証として18世紀末にまで遡り,青少年を含む下層階級の処遇改善や矯正,モラル・リフォームに尽力した社会改革家たちの活動や言説を検討し,成果を公表した。彼らの多くは信仰心篤い福音主義者であり,アジアやアフリカへの海外布教にも力を入れたが,世紀後半以降,人々の宗教への関心が(現代へと続く傾向として)希薄にならてゆくなかで,もっぱらモラルや美徳を説く者として-ジェンダーはここに働くきわめて顕著な要素である-影響力を持ち続け,ひいてはイギリス国民のナショナル・アイデンティティ形成に大きな役割を果たしたのだった。 本研究で注目した少年雑誌は,選挙法改正によって新たに政治国民の仲間入り押した労働者階級を含む若年層を対象に,彼らがその影響力を発揮した場の一つでもあった。ただしそれは従来のような,上からの高圧的で無味乾燥な「教化」・「指導」ではなく,娯楽性の高い大衆文化と氾濫する情報に囲まれた世紀末の青少年たちをひきつけるさまざまな工夫がなされていた。しばしば指摘される帝国主義色や軍国主義色など,世紀転換期の少年雑誌にみられる特色は,読者=購入者である青少年の要請と,ときに作り手ともなったかれら「大人たち」の許容ないし誘導によって織り成された,いわば異なる世代文化のせめぎあいの生み出した文化にほかならないのである。
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