研究概要 |
神経組織の中には血管は分布するがリンパ管は存在しない。脳脊髄液(CSF)は、脳硬膜に在るクモ膜顆粒を介して静脈洞から吸収される他に、一部脳神経鞘・脊髄神経鞘からEpidural lymphatic system(ELS)に吸収される経路も古くから知られている。特に後者の吸収機序に関わるELSの形態学的特徴やそのリンパ流は、CSF圧の側副調節機能や、さらには脳環境と免疫系との関係を理解する上において臨床的に重要である。本課題研究では、申請者らがこれまで開発、応用してきた酵素二重染色による組織化学法と、微粒子活性炭注入実験法から脊髄硬膜と鼻粘膜嗅部領域のELSの微細分布とその構築、さらにCSF側副吸収経路について詳細に検索した。【材料と方法】注入実験には15匹の日本猿(Macaca fuscata)を用いた。注入は小脳延髄槽に微粒子活性炭(CH40,21nm)を注入同等量の髄液を予め抜液した後注入する通常CSF圧群(NCP群)と、抜液せずに注入する高CSF圧群(HCP群)に分けて実験を行った。注入後、1,2,3,6,12,24,48hの各経過時間毎に注入物質の経リンパ排導状況とCSF圧との関係について調べた。組織化学的検索には12匹から摘出した髄膜・鼻粘膜を用いた。それらの試料からWhole-mount標本ならびにOCT凍結切片を作製し、5′-nucleotidase(5′-Nase)-alkarinephosphatase(ALPase)二重染色を施した後、実体顕微鏡並びに光顕にてELSの観察を行った。また、必要に応じて電顕的観察(BEI-SEM・TEM)も同時に行った。【結果と考察】炭粒子はNCP群の極めて緩徐な吸収に対して、HCP群では注入直後からDeep cervical lymph nodes,Intercostal lymph nodesを黒染し、Juglar lymphatic trunk,Right lymphatic trunk,Thoracic ductに速やかに排導された。しかし同群とも腰仙骨領域所属のPrevertebral lymph nodesには殆ど炭粒子の吸着は認められなかった。脊髄硬膜・神経根部に位置するELS所属のリンパ管は、酵素組織学的検索からほぼ腕神経叢起始根に相当する分節域において限局して顕著に発達し、同領域のみ神経根付近で分節相互に縦リンパ管網を形成した。第3胸髄から下位の分節では、硬膜上のELSの起始リンパ管は激減し腰仙部では完全に消失した。また、椎間孔付近の神経根鞘から起始し脊髄神経に沿って走行するリンパ管は、下位脊髄分節域でも5′-Nase陽性リンパ管として僅かながら光顕で観察された。脳神経領域では、嗅神経鞘に近接した領域に密な微細リンパ管網が認められた。CSFの側副吸収は、主として嗅神経鞘に近接した鼻粘膜下浅層に分布する弁様構造を有さない微細なリンパ管網や、腕神経叢の起始分節領域に相当する硬膜背側で各神経根周囲に発達した硬膜外リンパ管網から吸収され、Deep cervical lymphatic vessel system、次いでIntercostal lymphatic vessel systemを介して左右の静脈角に排導された。これらの経リンパ側副吸収路はCSF圧調節と密接に関係するものと考えられる。またこのことはCSFの環境は常時免疫系によって監視されていることを意味しており、CSFの免疫機能としてELSがそれに関与することも推察される。
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