聾は新生児約1000人に1人の割合で罹患が見られる感覚器障害で、先天性聾の50%以上が遺伝性であると推定されている。遺伝性聾の約70%が他の臨床症状を示さない非症候群性である。この遺伝性非症候群性聾の約75%が常染色体劣性、20%が常染色体優性の遺伝形質を、2〜3%がX染色体劣性形質を示し残りのケースは母系から受け継がれたミトコンドリア・ゲノム上に変異が存在すると考えられている。このうち最も多い常染色体劣性非症候群性聾(ARNSHL)は新生児約2500人に1人で見られ、30〜100の異なる遺伝子が関与していると推定されている。現在までに30ヶ所のARNSHL座位が報告されており、28ヶ所についてはマップされている。最近、8ヶ所すなわちDFNB1〜DFNB4、DFNB9、DFNB12、DENB21、DFNB29に関してその原因遺伝子がそれぞれGJB2/connexin26、MYO7A、MYO15、PDS、OTOF、CDH23、TECTA、CLDN14と同定されたが、その他の多くについては未だ同定されていない。しかし、極最近我々はDFNB8/10の原因遺伝子を発見した。その経過は以下の通りである。 我々のグループはこの数年来、ヒトゲノム計画の一環として21番染色体長腕の全塩基配列の決定および遺伝子の系統的探索を目指し、ヒトゲノムBACライブラリーを中心に据えた基盤整備を進めてきた。その結果、今年5月に日独共同プロジェクトとして21番染色体の長腕約34Mbの塩基配列を決定し報告した。ARNSHL座位のうちDFNB8およびDFNB10はそれぞれ独立の家系の連鎖解析からマップされたものであるが、どちらも21q22.3上にマップされており同一の原因遺伝子ではないかと考えられてきた。我々は、DFNB10のポジショナルクローニングを目指し、患者家系(パレスチナ人由来)を用いた連鎖不平衡解析を行った。我々の決定した塩基配列から新たに作成した多型マーカーを用いた詳細な連鎖不平衡解析の結果からDFNB10はマーカー1016E7.CA60-1151C12.GT45の間約1Mbに存在することが明らかとなった。そこで我々はこの領域に存在する全ての遺伝子を明らかにするためにエキソントラッピング法とコンピュータ予測を駆使し、結果として13個の遺伝子を同定した。これら全ての遺伝子について疾患家系に対して変異解析を行ったところ今までに同定されたARNSHL原因遺伝子とは機能の面で異なる新規膜結合型プロテアーゼ(TMPRSS3)遺伝子にβ-サテライト・リピートの挿入という極めて特異な変異が見つかった。β-サテライト・リピートは68bpを単位とする繰り返し配列であり、主に末端動原体型染色体の短腕に数百kbにおよぶ反復配列として存在するが、この挿入による遺伝子欠損はこれが最初の例である。さらにDFNB8の疾患家系(パキスタン人由来)についてもこの遺伝子を調べたところプロテアーゼ活性を消失すると推定される変異が見つかった。この様にして我々はDFNB8/10の原因遺伝子(TMPRSS3)を同定することに成功した。
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