研究概要 |
筋音図(mechanomyogram:MMG)とは,収縮する筋線維の側方への振動を体表面上で捕らえた信号であり,筋の機械的活動を反映する。これまでの研究において,収縮力に伴うMMGの振幅,および,周波数成分の振る舞いは運動単位活動様式と一致した挙動を示すことから,これの無侵襲解析の手段として注目を集めてきた。しかしながら,従来の研究では一定筋力発揮時,すなわち,定常信号を仮定とした解析が行われてきたために,動的な力変化時,または,安定筋力発揮が困難な不随意運動を伴う患者には適用が困難であった。本研究では時間-周波数解析を用いて非定常に振る舞うMMG信号の解析を行い,瞬時に変化する運動単位活動様式の分析を可能とするシステムの開発を行った。 現在,時間-周波数解析には短時間フーリエ変換,ウェーブレット法,ウイグナー変換法が一般的に使用されている。本研究ではこれらの変換法よりMMG信号の特徴抽出に最適な変換法を見つけるために,実信号とシミュレーション信号の両方から解析を行った。その結果,短時間フーリエ変換法が最も有効であることを証明した。加えて,短時間フーリエ変換では,データを切り出す際の窓関数が重要な役割を有する。そこで,MMG信号の特徴記述に最適な窓関数の選定を実信号とシミュレーション信号より検討し,ガウス窓関数の有効性を明らかとした。 実験は健常成人男性22名を対象とし,上腕二頭筋の等尺性筋収縮を行った。力は10%MVC/sの速度で5%MVCから発揮可能な筋力まで連続的に増大させた。MMGは上腕二頭筋筋腹上より小型加速度計を用いて導出した。また,補助データとして上腕二頭筋と上腕三頭筋のEMGも同時に計測した。計測された信号は5kHzでA/D変換され,0.6s長のガウス窓関数を用いて0.1s毎に切り出し,FFT法を用いパワースペクトルを推定した。これより,振幅情報としてRMS値,周波数情報として平均周波数を算出した。 収縮力とMMGのRMSとの関係は運動単位のリクルートメント様式をうまく反映した。MMGのRMSはFT運動単位の活動が開始する約30%MVCより急激に上昇し,次いで,全運動単位のリクルートメントが終了する約60%MVC付近より減少した。一方,収縮力の関数とした平均周波数の変化は,連続する3区間に分類された。すなわち,第1区間として約30%MVCまでの急峻な上昇,第2区間として30〜60%MVCの緩やかな上昇,第3区間として60%MVC以上の急峻な上昇である。これら3区間は単一運動単位で調べられた運動単位発火頻度の振る舞いと一致した。以上のことより短時間フーリエ変換法を用いた解析法の有効性が確認された。本手法を用いて,ポリオ後遺症,二分脊椎患者,健常高齢者などの運動単位活動様式を分析した。その結果,疾病および加齢に伴う筋の解剖学的特性と神経-筋機能特性と一致した変化がMMG信号で分析しうることが明らかとなった。
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