研究概要 |
本研究では,主に2つのテーマに取り組んだ。第1は,昨年度に引き続き,1990年代における日本の農業政策転換と農村の政策言説の変化に関する分析の精緻化である。食料・農業・農村基本法(1999年7月)と新農政に関わる文書などの分析から次の3点が指摘できる。(1)農業基本法で謳われた農業近代化からポスト生産主義的な傾向が顕著になり,そこで世論支持を得るために農業・農村の多面的機能という言葉が鍵となっている。(2)その背景には,日本農村の再編成とともに,農林水産省が自らの位置づけを明治期以降の産業省から農村省に転換しようとする意思がある。(3)それゆえ生産空間としての農村からポスト生産主義の消費・保全空間を見据えた多元的農村観の構築が図られ,とくに中山間地域が新しい地域範疇として注目されるとともに,それを背景として田園という用語に重要性が与えられている。第2は,農村の表象をめぐる場所と言語とイメージの関連に関して,名古屋地域3大学の学生を被験者とした素人言説の分析である。農村および田園という言葉で連想される風景(肖像)に関する記述の分析から次の3点が指摘できる。(1)農村に関しては田畑・農地という肖像の優越に対して農作業や農民の存在は顕著ではない。むしろ山がちな地勢,過疎化や高齢化,静けさや心地よさ,共同社会としての性格が言及される傾向にある。(2)田園に関しては,農業生産の離脱傾向が顕著になり,一部に高級的や西欧的というイメージが出現する。しかし,それらが具象する地域像は多様である。(3)こうした論弁的な表象の構築は,先の農政転換との密接な相互関連が指摘され,そこに新しい農村神話の形成がみられる。ここには個人的経験のほかにメディアの影響が想起され,それら両者の相互関係,その可視化から場所化に至るプロセスの解明は今後の課題である。
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