研究概要 |
本年度は9月から1月までの4か月間,育児休業をとったため,その間研究費を執行することができなかった。しかしながら,その前後において目的達成のための調査研究活動を実施することができた。 昨年度調査を実施した富山県井波町における木彫業の景観形成について,8月にソウルで開かれた国際地理学会議において,"Landscape Reconstruction by Small-Scale Handicraft Industry in Japan"というタイトルで発表し,参加者と有益な討論を交わした。 また,育児休業が終わった2月に2回の現地調査を行い,景観形成に対して産業が与える役割についての詳細な調査を行った。その結果,現在富山県内有数の観光地となっている井波町瑞泉寺門前町の景観は決して従来のままのものではなく,高度経済成長期において木彫業者を主要なアクターとして新たに形成されたものであることが明らかになった。このプロセスを説明するためには,オーセンティシティ (authenticity,真正性)の概念が有用である。オーセンティシティは社会学・人類学において1980年代から議論されているが,あくまでも概念的な議論が中心であった。しかし,井波では近代化以前の街路景観と,近代において産業化された木彫業が組み合わせられて新たな「伝統的」景観を形成している。井波を訪れる観光客の目には「伝統的」と映る景観も,いわば演出された「疑似イベント」であることが明らかになった。オーセンティティックな景観形成プロセスが明らかにされた例は福田(1996)にも見られるが,本研究ではアクター・演出者・観客それぞれの役割分担がより明確となり,いわば「劇場」空間としての瑞泉寺門前町の構造が明らかになった。 最後に井波の調査の副産物として富山県庁のホームページに「井波彫刻業に学ぶ人材育成」と題する小論を発表した。
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