研究概要 |
C末端から2番目にセレノシステイン残基を持つチオレドキシン還元酵素のアイソザイム(TrxR1,Trx2,Trx3)は哺乳類の細胞においては抗酸化機構やRedox制御によるシグナル伝達機構を構成する酵素として注目されている。本研究はチオレドキシン還元酵素のセレノシステイン残基の触媒機能の解明を目的として、ヒト肺腫瘍細胞からRT-PCRにより本酵素の三つのアイソザイムの遺伝子クローニングを行なった。 PCR条件検討の結果、TrxR1(1,500bp)は通常のPCR法で特異的に増幅され、TrxR2(1,566bp)とTrxR3(1,575bp)はタッチダウンPCR(アニーリング温度75.0℃〜65.4℃,-0.4℃/cycle)により微弱なシグナルとして検出できた。正常肺細胞のmRNAからはTrxR1の遺伝子のみが増幅可能でTrxR2とTrxR3は検出されなかった。肺がん細胞では正常細胞の百倍以上もTrxR活性が高いことが知られていたが、アイソザイムの同定など詳細なことは明らかにされていなかった。この研究で得られた結果はDNAチップによる肺がんの早期診断を行なう上で有用な知見として役立つと期待される。 ヒト肺がん細胞のTrxR1遺伝子にはすでに報告のあるヒト胎盤のTrxR1と同様にC末端から2番目にセレノシステイン残基を持つことが示された。DNAシークエンスの結果から肺がん細胞のTrxR1には3カ所の点突然変異が見つかったが、このうち2カ所は正常肺のTrxR1にも同定された。がんに特異的とされる変異箇所は一カ所のみでアミノ酸としてメチオニンがスレオニンに変換されていた。グルタチオン還元酵素の立体構造をモデルにTrxR1の立体構造を推定すると、興味深いことにその変異箇所は活性中心のジスルフィド結合にかぶさるヘリックス中に位置することが示された。活性中心を覆うメチオニンのスレオニンへの変異は酵素の酸化ストレス耐性を向上させる効果を示すことがスブチリシンのランダム突然変異の研究において報告例がある。肺がん細胞でTrxR1活性が正常細胞よりも100倍以上も高いのは酵素の発現量が増加しただけでなく、このようなセレノシステイン残基と相互作用する箇所で点突然変異が起こり、酵素の安定性が向上しているという可能性が示された。
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